あらあら。大変ねえ。
お使いかしら?
両手に荷物を抱えた日番谷と織姫をちらちらと見ながら、口々に人々が呟く。
右手に、袋。左手にも、袋。
それだけでも一目を引くであろうに、そんなのが2人そろって歩いていれば注目度は十割り増し。
一歩歩くたびに、人が振り返る、そんな状況だった。
「わー、何だかみんな見てるね」
「……当たり前だろうが」
「やっぱり、配達してもらえばよかったかな?」
今更遅い。織姫ののんきな一言に、日番谷は心の中で突っ込みを入れた。
それに第一、あまりに大量の服を見かねて店の人間が配達を薦めたのにも関わらず、持ち帰りを強行したのは織姫だ。
配送料は無料だとか明日には届きますよと言われても、急いでいるのでと言ってさっさと荷物を抱えて店を出て行ってしまった。
こうなると日番谷も動かないわけには行かず、残った荷物を持って慌てて追いかけ、現在に至るというわけである。
「ま、仕方ないか。それよりも、ご飯ご飯。冬獅郎くん、何食べたい?」
「特にない。お前の好きに……でっ!」
ばしん、と日番谷の頭に袋が当たった。もちろん犯人は織姫である。どうやら両手が塞がっているので袋で叩いたらしい。
もちろん中身は服なので、さほど衝撃があるわけではないが、多少でも痛いものは痛い。
突然のことに対応できなかった自分を恥じつつも、日番谷はじろりと、叩いた張本人を睨んだが、しかし。
「お前って何、お前ってー!」
……逆に怒られてしまった。
「年上のお姉さんをお前よばわりしちゃいけないって教わらなかったの?!」
全くもう、と織姫は顔を膨らませて怒っている。
どうやらお前と言ったのが気に障ったらしい。それは分かる、けれど間違っていることが一つある。
織姫がいくつであると厳密には尋ねたことは無いが、おそらく死神である日番谷の方がはるかに年上なのは確かだ。
つまり『年上のお姉さん』という認識自体間違っているわけだが、そこでそれを言っても仕方ないので、
「じゃあ何て呼べばいいんだよ」
とりあえず聞いてみた。
織姫はそう返されるとは思ってなかったのか、一瞬きょとんとした顔をし、そして。
「う〜ん、そうだなあ……『お姉ちゃん♪』とか?」
「……は?」
「あ、『姉ちゃん』とか『姉貴』とかでもいいよ」
お姉ちゃんって呼ばれるの憧れだったんだよねーと織姫は心なしか目を輝かせて言った。
そんな織姫に対し日番谷はんなもん呼べるか、と呆れたように呟いた、その時。
「井上さん?」
ふいに、声をかけられた。
「井上さんだよね?」
声をかけたのは織姫と同じくらいの、短い黒髪と少しきつい瞳が少し気の強そうな印象を与える、少女。
名前を呼んだことから察するに、織姫の知り合いらしい。
だが、しかし。
「 有沢さん」
そう答える織姫の表情は、先ほどまでと打って変わってひどく暗いものだった。
日番谷は思わず目の前の『有沢さん』と織姫を見比べる。この様子だと確かに2人は知り合いなのだろうが、どうしてこうまで織姫の態度が変わるのか。
「……井上さん、どうして学校に来ないの?」
織姫の同行者である日番谷に一瞬訝しげな目を『有沢さん』は向けた後、織姫に問いかけた。
「どうしてって、別に」
「別にじゃないでしょ。ちゃんと来ないとダメだよ」
「…………………」
「もし来れないわけがあるなら話してみて。あたしにできることがあるなら手伝……」
事情は分からないが、どうやら『有沢さん』は織姫を説得しようとしているようだった。
けれど織姫はそれを拒絶するかのように有沢さん、と名前を呼び、
「ごめんね、あたしたち急いでるから。行こ、冬獅郎くん」
ニッコリ笑ってそう言った後、日番谷の返事を待たずに駆け出した。
「なっ……おい、ちょっと待て!」
慌てて日番谷も駆け出すが、その時にちらりと『有沢さん』の方を振り向くと、少女はじっと2人を見つめていた。
しばらく走ってほどなく織姫に追いつき、もう一度振り向くと、やはりずっと見つめていた。
そこでやっと気がついた。先ほど一瞬だけ感じた視線が『有沢さん』のものだったことに。
織姫を見つめる『有沢さん』はとても悲しそうで、そして…………。
(そして、何だ?)
思い出せないまま、日番谷は走った。
よ、ようやくここまで来ました……原作開始の3年前の織姫、いえ現在の織姫にとっても大事な大事な『彼女』とのエピソードを、やっと出すことが出来ました。
実は開始前に作ったぷろっとではこれが9番目に来てるんです。つまり目覚め・朝食・買い物シーンは無かった……わけではなく、あるにはあったけど、ここまで長くなる予定ではなかったのです。
まあでもとりあえず、予定通りには進んでます。あともう少し……でも多分長くなりそうです(苦笑)