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………………。

何だこれは。
目の前に置かれた物をじっと見つめながら、日番谷は思った。
それ自体は別段珍しくもない、ごくありふれた  尸魂界ではあまり見ないが、様々な事情によ り日番谷も食したことがある  食パン、と、缶に入ったあんこである。
だがそれは単独で見た場合だ。
これらを同時に出す理由が分からない。
少なくとも『朝ごはん』と言われたのだから、これらをどうにかして食べるのは確かだろうが。

そんなことを思いながら、日番谷が目の前の少女、織姫を見ると、彼女は缶からあ んこを取り出して食パンにつけはじめているところだった。
そして、あらかた塗り終わり、大きく口を空けたところで、日番谷が見ていることに気がつい たらしく、
「食べないの?」
不思議そうな顔で聞いてきた。

食べないの、と言われても。
どうやって食べろというのか。
そもそもそれはそうやって食べるものなのか。
大口空けてまるごと食べてもいいものなのか。

日番谷の中で様々な思考が駆け巡り、何か言葉を発しようにも中々出てこない。
織姫も黙ってそれを聞いていたが、ふいに何か思いついたように、
「あ、もしかして冬獅郎くんって朝ごはんは食べない人?」
そんなことを言い出した。日番谷が黙っている理由を勘違いしたらしい。
「あ、いや」
それは違う、と日番谷が言うより先に、
「ダメだよ、朝ごはんはちゃんと食べなきゃ。朝食は一日のカツ丼の…なんだっけ、もともと、 かな?ちょっと違うかも知れないけど…とにかく、大事なのは確かだから、食べなきゃダメだよ」

カツ丼のもともとって何だ。それを言うなら活動の源だろう。
妙に力説する織姫に、日番谷は思わず心の中でツッコミを入れる。
別に口に出してもよかったのだが、あまりにもアホらしいのでやめた。

それにしても、まさか織姫がこんなものを作る  いやはたしてこれを作ったといえるか疑問だが  とは思いもよらなかった。
だがよくよく思い出してみれば、確か昨日の夕飯も何か妙なものを食べた気がする。
状況整理と現状打破の方法で頭がいっぱいだったのでほとんど覚えていないが、それでも味は悪くなかったように記憶していた。
まあ、かの幼なじみの少女の作ったものを食事を食べ(させられ)続けていれば、どんなものとてマシなものになるのかもしれない。

(いや違うか)
雛森の料理はマズイわけではない。ただ壮絶に甘いか辛いか、そしてそれが循環されて続くかというだけだ。
しかしどんなにマズイ料理でも、のどを通ってしまえば忘れられる以上、ある意味究極にマズイ料理の方がマシな気がすると思ったりもしたものだが。
何せ雛森の料理したものを食べた日には、どんな食べ物もみんな味がなくなってしまうほど、舌が麻痺するほどの強力さなのだから。
だが織姫の料理にはおそらくそれはないだろう。
少なくともこれは普通の食パンと、あんこだ。
あんこにいたっては、直接缶から出して塗る以上、元から缶に妙なものが入ってないかぎり、ごく一般的なあんこであるはすである。

    よし。
もう一度、ほんの一瞬だけ織姫に視線を向け、すぐに下へ戻した日番谷は、何かを決意したようにゆっくりとあんこ缶と手を伸ばした。
次に、横にあった小さな銀色の刃物のようなものを手に取った。刃物と言っても先が尖ってはいないもので、バターナイフというものだと後で知ったのだが。
そして、先ほど織姫がやっていたように、缶からあんこを取り出し、皿の上に乗せられていた食パンに少しずつ塗りつけていった。

やがて一人で食べるには明らかに多そうな食パンの、丁度一面分を塗り終えた日番谷は、
「……いただきます」
自分でも驚くくらい自然に食事初めの挨拶の言葉を呟いてから、口をあけた。
角からかじって口に入れる。律儀というのか何なのか、角まできっちりと塗りたくったおかげで、食パンとともにあんこがしっかりと日番谷の口に入ってきた。
そうして口いっぱいにあんこの甘さと、パンのうまみが伝わってきた。
ようやく食べ始めた日番谷に、織姫は満足気に頷く。
「どう?美味しいでしょう、自家製アンパン!」
「………………」
日番谷は答えない。
「……冬獅郎くん?」

いや、答えられなかった。
別に言葉に詰まるほど不味かったわけではない。むしろうまいといっていいのかもしれない。あれは料理とはいえないだろうが。
ただ、口の中に広がるあんこと食パンは、日番谷がまだ十番隊に入りたて  それでもいきなり席官だったが  の頃、三席……いやあの頃はまだ五席くらいだった彼女にもらったアンパンの味に似ていた。
『半分あげる、ボウヤ。心して食べなさい』
そう言って頼まれもしないのに、置いていったアンパン。
今、日番谷が食べたものは、その時の味に似ていたのだ。

考えてみればあんこと食パンので一緒に食べればアンパンになるのは当然だ。
当然、なのだが……。

    ちくり。

「…………冬獅郎、くん?」
自分を呼ぶ声にはっと我に返れば、そこにあったのは心配気な織姫の顔。
「え?…………ッ!!」
呆けていたとはいえ、全く気配を感じさせずに至近距離で顔を近づけられた日番谷は、思わずうろたえて後ずさる。

「ななな何だ一体」
「何っていきなりボーっとしてるから。どうしたのかと思って」
「……別に、何でもねえよ」
「ホントに?」
「……ああ」
「………………そっか。ならいいけど」

    ちくり。

懐かしい思い出と共に出てきたのは、小さな痛み。
それはまだ痛みとも言えないほどの僅かなもので、このときの日番谷には気づくことができなかった。
        
お待たせしました!久々の日織!前半ギャグっぽく、ラストにちょこっとだけシリアス?展開。
まさか朝食シーンだけでこんなに長くなるとは思いませんでした(汗)
なので思ったより時間がかかってしまったことをお詫びします。
ていうか前章(目覚めシーン)で一章分使い、今回一章分なので、予定していたものよりかなり多くなりそうです。
いやたぶん多くなります。

でもようやく物語はクライマックスに向けて動き出した感じです。
カタツムリ更新ですがよろしけばこれからもよろしくお願いします。