10    11    12
一瞬何を言われたのか分からなかった。何をバカなことを、とも思った。
だから、思わず自分の耳を疑う。だが同時に先程卯ノ花の言っていた言葉を思い出し、隣に立つ少女の顔を見る。

『わたくしが出した答えを、貴方が受け入れた証として』
そんな言葉と共にここに残れと言われた雛森の顔は、ひどく青ざめ、今にも倒れそうなほどだった。
それはつまり、今言われた言葉が真実であり、日番谷の幻聴でも聞き間違いでもないということ。

「―――――!!」
思わず椅子から立ち上がる。ガタン、と椅子が倒れる音がした。
そして。
「失礼しました」
ほとんど形だけの会釈をして、日番谷はくるり、と反転をする。
「――日番谷君?!」
雛森の声に、振り返ることも、なく。その場を後にした。

(斬魄刀に、拒絶――?)
何故。一体何故。何が。どうして。納得できない。冗談ではない。
自らの半身とも言うべき斬魄刀の理不尽な行為への疑問と怒りが日番谷の頭の中を駆け巡る。

「日番谷君!待ってよ!」
追いかけてきた雛森の、言葉すら耳に入らない。
もう一度、どうにかして、具象化してやる。そうしてもう一度、話を聞いてやる。いや、聞かせてやる。
そんな思いだけで、足を動かす。

しかし、やがて。
「日番谷君! もう、待って!!」
いつのまに追いついたのか雛森が日番谷の腕を引っ張った。
「――何だよ」
「何だよって……だって」
「だって、何だよ」
「何って……だから」
「――――――いいかげんにしろ!」
呼び止めた割には一向に話を進めない雛森に、業をにやした日番谷はたまらず怒りの声を張り上げた。
それと同時に霊力も吹き上げた様な気がするが、雛森は全く動じない。そればかりか、
「……そんなに悲しい?」
と悲しげにいうのだった。

「悲しい……って何にだよ」
「……斬魄刀に、氷輪丸に、拒絶されたこと」
「何、言って……」

一方的に氷輪丸に拒絶されて。しかも凍傷というおまけつきで。感じたのは激しい怒りの気持ちと、疑問だけ。
悲しいなどとは少しも思っていない、のに。
なのに、何故。
雛森はそんなことをいうのか。

だが雛森はそれに答えることはなかった。代わりに新たな疑問を発した。
「……ホントに、気づいてないの?」
それは今日2度目の質問。またもや唐突で、しかも主語が欠けている。だから日番谷もまた、同じ質問を返した。
「だから、何に」
「…………何にって…………もう、日番谷君は、どうし、」

どうして。雛森がそう、言い終える前に。

『……まだ、分からないのか』
ふいに頭の中での声と共に。
ぐらり、と日番谷の視界が揺れた。

(……な……に……っ)

『分からないなら、仕方ない、気づかせてやる』
それは、どこかで聞いた声。否、どこかで、ではない。それは日番谷の半身、氷輪丸の、声。
声が終わると同時に、今度は光が消えた。

「日番谷君!」
雛森が、叫ぶ。だがその声もやがて、遠くなる。
意識が……闇へと沈んでいく。

『これでもう駄目なら……本当にお前は、私とはいられない』
最後に聞いたのは、そんな言葉。









そうして。








「――――ねえ、ねえってば!」

自分を呼び覚ます声に、日番谷は意識が戻ったのを感じた。
ゆさゆさ、と自分を揺するのも感じた。だが、まだ瞳は閉じたまま。

「ねえってば!しっかりして!」

呼んでいるのは雛森か……にしては、少し声が違う気がするのは、気のせいか。

「ねえ、キミ!!」

キミ――――?!
違う、雛森じゃない。雛森なら日番谷をキミ、などと呼ばない。
ならば、これは誰なのか。

「う……」
「あ、気がついた?!」
「なっ…………」

日番谷は一瞬、自分の目が信じられなかった。
明らかに精霊廷ではない、その景色。無論、流魂街でもなく、そもそも尸魂界ですらない。
それはつまり。

「まさか、現世……」

ありえない、と思った。
精霊廷の中で意識を失ったはずの自分が、現世にいるなんて、ありえるはずがない、と。
ならば、ここはどこなのか。

「よかったぁ。死んじゃってるのかと思ったよ」
ふいに聞こえた声の方向に顔を向ければ、そこには先ほどから自分を呼んでいたらしき者。
肩口で切りそろえた明るい髪と、その髪を飾る二つの小さな髪飾りがが目を引く少女だった――。
        
ようやくっ……ようやく、姫の登場です!……とは言ってもまだ名前出てませんが。
これでやっと堂々と(?)日織小説と言えるようになりました(苦笑)。そして物語としては折り返し地点です。
はあ〜、長かった、長かった。でもこれからも長いです。いやむしろこれからの方が長いかもしれませんが。

……しかし、氷輪丸はどんどんよく分からない力を発揮している気が……(汗)