織姫は言った。
兄は、自分の兄は、自分の目の前で、車に轢かれてしまったのだと。
近くの病院に運んだけれど、そこでは治療が出来なくて、大きな病院へと運ぶために救急車を待っている間に亡くなってしまったのだと。
車。病院。救急車。日番谷にはあまり馴染みのない言葉であったが、それらの意味を知らずとも、大体の意味は把握できた。
肉親の死を、自分の目の前からいなくなったという事実を、淡々と語る目の前の少女。
先ほどまで、あれほど表情が――それが笑顔であるか泣き顔であるかは別として――変わっていたはずの少女の顔には、全く表情が浮かんではいなかった。
悲しんでいるわけでもなく、吹っ切れているわけでもない。
むしろ兄が亡くなったということに対する全ての感情を押し殺している、そんな感じにも見えた。
表情の無い顔。押し殺した感情。
それを見た日番谷の脳裏に、ひっかかるものがあった。
確か、昔、これと同じようなものを見た気がする。
それは一体どこでだったか。どんな理由で誰がこんな表情を見せていたのか。
日番谷は瞬時に今まで自分が関わった人物を思い出してみた。
幼馴染の少女。同居していた老婆。真央霊術院での同級生。雛森の友人。そして、かつての自分の上司。
だがその中に、この少女と同じ表情を見せた人物はいなかった。少なくとも、日番谷が知る限りでは。
ならば、一体、自分はどこでこれを見たのだろう。
――――思い出せない。確かにどこかで見た覚えがある、はずなのに。
(……くそっ。何でこうも思いだせな………………)
思い、出す?
そうだ。そもそも今自分がここにいる理由は――。
『お前に足りないもの……今のお前自身が無くしている、いや忘れている"何か"を見つけ出すのだ、日番谷よ』
氷輪丸のあの言葉。自らの半身ともいえる、斬魄刀の言葉。
「…………俺が、無くしてる、もの…………」
「え?」
無くしてる何か。見つけ出さなければならない、思い出せなければならない、何か。
それは――一体、何だというのだろう。
「冬獅郎君?どうかした?」
「え……あ、ああ、い、いや」
ふと我に返った日番谷は目の前に少女の大きな瞳があることに気が付いた。
「な、何だ、一体」
「何だ、じゃないよ。冬獅郎君が急に変なこと言うから……」
どうやら思わず声に出してしまったらしい。
(ったく、何やってんだ、俺は。――に、しても)
キョトン、とした顔で日番谷を見つめる織姫。その顔にはすでに表情がちゃんと浮かんでいた。
(こうやって見るとさっきまでの顔が嘘みたいだな)
いやむしろこちらの方がこの少女らしいのか。
ならば先ほどの無表情は何なのか。感情が無い、というわけではないだろうに。
(感情……表情……?)
そう考えた日番谷の頭の中に、ふいに、とある記憶が蘇った。
まだ日番谷が真央霊術院――死神統学院――の学生だったときのこと。
初めて斬魄刀を手にした日。斬魄刀と――氷輪丸と、話をした日。
氷輪丸の、初めての、言葉を。
『我を手にした者よ。我が名は氷輪丸。我は氷。我は凍てつくもの。凍てつかせるもの。我は全てを凍らせる』
主が望むものを全て。時には望まぬものを。それは実際の物、でもあり、形のない物、でもある。――そう、感情も、表情もしかり。
ひどく淡々と、けれどその言葉一つで日番谷の周りの空気が凍っていくのが分かるほどの、冷たい声。
その声の主は日番谷がほんの少年であったことに一瞬驚いたようだったが、やがて薄く――それは文字通り氷の微笑というやつだった――微笑い、そして。
『我を手にする者よ。我はお前をも凍らせるかもしれぬ。否、おそらく凍らせるであろう。お前はそれを絶えられるか?乗り越え、受け入れられるか?もしそれが出来ずに、我がお前を全て凍らせた時――それは我等の別れの時となる』
それでも我を手にするか?我を手にするかもしれない者よ。
凍てつく刃のごとく、天井より突き刺さるその声に、日番谷はほんの少し怯んだが、すぐに意を決したように力強く、当たり前だ、と告げた。俺は負けない、と。
それを見た氷輪丸は満足気に頷き、
『ならば受け取るがいい。我はお前の力となろう』
お前が凍る、その時まで。
それが、全ての始まり。
ようやく日番谷君と氷輪丸の真実(?)が書けました。これが書きたかった。
氷雪系最強、というからには、きっとリスクを伴うんじゃないかと思っていたので。
しかしやたらと感情とか表情とかいう言葉が出てきますね。仕方ないんだけど。この話のテーマみたいなものですし。分かりづらかったらすみません。
しかし、この章、姫がほとんど出てきません。一緒にいるだから、会話くらいしろよ、お前らー、とか言わないであげてくださいね(笑)