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大したことはないと思っていた手首の凍傷。
実は、かなり大したものだったらしい。

傷の具合を診ている四番隊の隊士の顔色を見てそう判断した日番谷は、ふうとため息をひとつついた。
こんな傷をわざわざ付けた氷輪丸への呆れと、むざむざ付けられた自分への怒り。そんな思いから出たため息だったのだが。
「も、申し訳ありませんっ……!!」
それを聞いた隊士の顔色はますます悪くなり、あげくに隊長を呼んできます、と走って行ってしまった。

「…………? 何だってんだ、一体」
「――日番谷君、気づいてないの?」
隊士のあまりに不可解な行動に理解できず、訝しげに呟いた日番谷の問いに答えたのは、隣で診察を見守っていた雛森だった。
「何にだよ、雛森」
「……やっぱり気づいてないんだ」
「だから、何……」
「――お待たせしました」

雛森の不明瞭な言葉に少し苛立ちを覚えて聞き返そうとした日番谷の問いを遮ったのは、静かながらも、どこか凛とした声。
四番隊隊長、卯ノ花烈だ。
穏やかな笑みを浮かべて椅子に腰掛けた卯ノ花は、
「それじゃ、早速傷を見せていただけますわね?」
と、やはり静かに、しかし絶対にイヤとは言わせない口調で言った。
その迫力にはさすがの日番谷も反論できずに、おとなしく腕を差し出すのだった。

仮とはいえとりあえず隊長に任命された自分が、こうも簡単に気落とされるとは。
(……何だかんだと言っても、やはり隊長ってことか)
救護・補給専門ということで十三隊内では格下に見られがちな四番隊において、唯一他の隊内からも尊敬と、畏怖を受けている人物だけのことはある。
その治癒能力の凄さに目を見張る一方、それを攻撃に転じればどれほどの力となるか。
そう思い、日番谷はじっと卯ノ花を見ていると、ふいに卯ノ花が顔を上げた。
「――?!」
「……日番谷、といいましたか」
「え、あ、はい」
「残念ながら、これはわたくしにも治せません」
「……」

やっぱりな。日番谷はそう思った。傷を見ているときの卯ノ花が、本当に一瞬だが、眉をひそめるような仕草を見せた時から、なんとなくそうだろうと予測はしていたのだ。
だからあまり驚きはしなかった。だが、雛森は違ったようだ。

「そんなっ……!!う、卯ノ花隊長、あの、あの、嘘ですよね?!」

混乱のためか、隊長格に対してかなり無礼な口調で問いつめる。しかしそれに対して卯ノ花は特に責めるでもなく、
「嘘ではありません。これはわたくしたちには治せません。何故なら、普通の傷ではないからです」
と、はっきりした口調でそう告げたのだった。

普通の傷ではない――?
それは一体どういう意味なのか。日番谷は思わず首を捻る。

「これは、斬魄刀につけられた傷ですね?」
「え?」
「――多分」
「やはり……」
「え? そうなの?」
斬魄刀って、持ち主を怪我させられるの――?と雛森は首をかしげて疑問を投げかける。この状況にそぐわないその質問に日番谷は思わず頭を抱えそうになるが、卯ノ花は気にしている様子もなく、さらりと質問に答えた。
「卍解を成すためには、具象化して斬魄刀を闘わねばなりません。だから当然、傷を負うこともあります」
「あ、そうですね」
「その時に負った傷は、虚たちとの戦闘で負った傷とは全く別のもの。だから霊力では治せないのです」
だから、通常斬魄刀が治療するはずなのですが。と卯ノ花は日番谷の方を向いて言った。

「――違う」
「え?」
「違う、とは?」

「この傷は、確かに氷輪丸に付けられたもの。だが、具象化して闘っている時につけられた傷じゃあ、ない。これは、その後――」
何故失念していたのだろう。
そうだ。具象化して闘っていれば、その時についた傷は治る。だから解除したときについた傷は、戦闘でついた傷ではありえない。
それは、つまり――。

「日番谷、あなたのその傷は、斬魄刀が刀の形態をしている時についた傷、ということですか?」
と、卯ノ花が結論を引き継いだ。その顔にははっきりと、驚愕の面が浮かんでいた。
それは雛森も、同じ。日番谷の方を向いて、そうなの?と問い返してきた。
日番谷は一瞬考え、だが次の瞬間、はっきりとうなづく。
それしか考えられない。日番谷の手首に痛みが走ったあの時、氷輪丸は確かに刀の形態のままだっただから。

だがそれが一体何を意味するのか。それが分からない。
卯ノ花には見当がついているようだが。

「……」
「卯ノ花隊長」
「……日番谷四席」
「はい」
「正直、わたくしはこの事実を伝えたくはありません」
「……」
「ですが、伝えなければなりません」
「……はい」

どうやら予想以上にとんでもないことだったらしい。
日番谷はそう思い、隣を見れば、そこには当の本人よりも顔色を変えて立っている雛森の姿。

「――おい、雛森」
「え、あ、何?」
「お前、もういいから」
「え?」
「そんな顔して、そこにいられちゃ迷惑だ」
「え……でも」
一緒にいた方が。その方が。雛森は必死に弁明する。

(何だってんだ、一体)
たとえどんな結果を出されようとも、それなりに受け止める覚悟はできている。
だがら一人でもどうということはない。そう言って日番谷は再度、雛森を追い返そうとしたが。

「……いえ。むしろそちらの貴方にも聞いてもらった方がよいでしょう」
「え?」
「な……それはどういう」
「わたくしが出した答えを、貴方が受け入れた証として」
そう言って、卯ノ花は、いつもの様に静かに、凛とした声で続けた。

「日番谷四席。あなたのその腕は――」
すなわち斬魄刀に拒絶された、ということでしょう、と――。
        
……長っ!!(汗) 書いといてなんですけど、ホント長いですね、この章。前回とえらい差だ……。
まさかこれほど長くなるとは。最初は診療場面は適当にして、さっさと結論だそうかと思ったんですけど。
しかし卯ノ花サンは難しい……一人称は『わたくし』でいいんでしょうか。あんな口調でいいんでしょうか。
まあそもそもこの話の人たちは皆別人28号なので勘弁してやってください(爆)。

とりあえず目的は果たしたのでよしとしてください(何のだ)。次回こそ……姫の登場です、多分。