10    11    12
日番谷はうんざりしていた。

「ねえ、これ、どうかな?」

心底、うんざりしていた。

「ねえってば!冬獅郎君、ちゃんと聞いてる?」

個室の外から自分を呼ぶ声に、おざなりながら聞いてるよ、と返事を返して、境界線であった布をめくった。
相手は日番谷に評価を求めているのだから、そうすれば当然、判定を下すことになるはず。
……なのだが。いつまでたってもそれはできない。
何故ならばその相手は、日番谷に評価を聞くよりも先に、自分で結論を出し、よいと判断したものは目の前に置いた手提げ籠の中へ、違うと判断したならば、元の場所へ戻す。
そうしてまた、次へと手を伸ばし、同じように評価を下してく。

何度コレが繰り返されたか分からない。

だったら最初から日番谷に聞かずに自分で全部決めてしまえばいいと思うのだが、どうもそうはいかないらしい。
理由は至極簡単。
選んでいるものが、当の日番谷本人の服だからだ。
だから一応着る人間の意見を聞こうというか、様はとにかく合わせてみればいいということらしく、日番谷は先ほどからとっかえひっかえ試着させられるか、あるいは単に羽織らせたりさっと合わせてみたりと、文字通り着せ替え人形になっていた。
今もやっと何着目なのかもはや忘れたくらいの試着を終えたところである。

「……はあ」
疲れる、とまたもや物色し始めた織姫を見つめながら日番谷はため息をついた。
すでにこの店の持ち歩き用であろう籠には、山盛りの服が入っている。
一体いつになったら終るのか、日番谷には皆目検討がつかない。
今更ながら買い物に同行するのを承諾した自分を後悔する日番谷だった。

そもそも買い物に行こうと織姫が言い出したのは、日番谷が織姫の家に転がり込んできてから二度目の夜が明けた朝だった。平たく言えば三日目で、今日の朝だ。
あまりに唐突過ぎるその発言に、日番谷は思わずあいた口が塞がらないというまぬけとも言えるべき受け答えをしてしまったのだが、織姫は冷静にそれを受け止めて、言ったのだった。

「冬獅郎くん、洋服が一着しかないでしょ?それじゃ不便だから、買いに行こう?」

そして、納得できるようなできないようなその発言に面食らった日番谷が返答に困っていると、それを承諾と受け取ったのか織姫はいそいそと支度をはじめ、あっという間にこの洋服屋なのか食品屋に洋服が売ってるのか分からない店につれてこられたのであった。
だからよくよく考えてみれば承諾したわけではないので、嫌ならばそれをはっきり言えばよかったのだが。
けれど日番谷にはそれはできなかった。織姫の行動が素早かったのも理由の一つだが、それ以上に様子が妙だったからである。

確かに日番谷はずっと同じ服を着ていた。というより着るしかなかった。
何故ならばおそらく氷輪丸が出してきた、一体何処から出したのか分からない服は、日番谷の身体から離れても消えることは無かったが、それと同時に、それ以外の服が出てくることも無かったし、その服が変化するなどという都合のいいこともまた無かったからだ。
けれど日番谷はここに長居する気もなく、大体にして自分をここに送り込んだであろう氷輪丸が、そんなにこの状況と状態を続かせるとは思っていなかった。 たとえ最悪の    日番谷が氷輪丸の出した『課題』に答えることが出来なかったとしても、だ。
だから別に服が同じであろうと困りもしなかったし、気にもしていなかった。
そして何より織姫も、別段気にしている様子はなかったのだ、昨日は。
なのに今日の朝になって言い出した理由が分からない。昨日は言わなかったことを、何故今日になって言うのだろうかと疑問に思いけれど何となく聞けないまま、何となくここまで引っ張られるままにきてしまって、現在にいたるのだ。

理由など、大したことではないのかもしれない。
単に3日目になっても、日番谷が帰る様子がなかったからというだけかもしれない。
けれど、昨日確かに織姫は何も言わなかった。何も言わないどころか、外にすら出ようとしなかった。
それなのに、今日はこうして外に出て、買い物までしている。 その違いは何なんだと思いながら織姫を見れば、ついに籠から服がこぼれだしてしまったようで慌てて拾い集めているところだった。
必死になって袋に詰め込んでいる姿が幼なじみの少女の姿と重なり、日番谷は思わず微苦笑した。

(……ん?)
不意に感じた視線に日番谷は振り返った。
けれどそこに人はいない。視線の先にあるのは先ほどまで日番谷がいた個室と、その先に見える店の出入り口の一つと思わしきガラス扉と、さらに言うならばその向こうにある何やら小さな店がいくつもならんだ中庭のような場所。
そのうちガラス扉から日番谷の前までには、少なくとも人がいる様子はない。
中庭にはどうやら人が何人もいるようだが、その多くは連れがいるのかそれぞれの相手と会話を楽しみ、1人でいる者も自らのやるべきことが忙しいのか、誰もこちらを見ている様子はないようだった。

「冬獅郎くん?」
日番谷が外を見ていることに気がついたのだろう、織姫がそばに寄ってきてどうしたの?と尋ねてきた。
「別に何でもねえよ」
「そう?」
ぶっきらぼうに答える日番谷に、織姫は首を傾げる。
「うーん。でもそういえばおなか空いたね」
「は?」
「だってそろそろお昼だし。ごはんにしないと。うん、そうしよう!」
何を突然。何故そうなる。
織姫の変わり身の早さに、あ然とする日番谷。けれどそれを知って知らずか織姫はニッコリ笑って、
「じゃあちょっと待っててねー」
会計をするべく走っていくのだった。
          
サイドストーリーといっても過言ではないくらい、本筋から遠ざかっている気がします(笑)
いやでも最後はちゃんとつながってるから!ちゃんと続くから!うん、絶対!
……と自分に言い聞かせる(大爆)。
買い物シーンはさらりと終らせるつもりだったんだけどなあ。って朝食の時にも言っていたような。
ちなみに場所はどこぞの大手スーパーです(だから『食品屋』)