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『俺は一度プラントに戻る。もう一度父とちゃんと話がしたいんだ。…ディアッカは…どうする?』
「プラントに戻る…か」
AAのMSデッキ。アスラン・ザラの乗機であるジャスティスを見上げながら、ディアッカは呟いた。
正直、アスランのあの言葉には心が動いた。今ならまだ、戻れるかもしれないと。
だがディアッカは戻ることを選ばなかった。何故なら、守りたいものがここにあるから。
今まで何も考えずに戦ってきた自分が、初めて見つけた『守りたいもの』―それはこともあろうにナチュラルの少女、ミリアリア。
プラントに戻れば、彼女を自らの手で傷つけてしまうことになるかもしれない。
それだけは、今のディアッカが何よりも避けたいことなのだった。
だから、戻らない。―そう、決めた。
「お、これがジャスティスか」
「…おわっ!」
ふいに後ろから声をかけられ、ディアッカは思わず飛びのいてしまった。
声をかけたのはこの艦の整備主任をしている、コジロー・マードック。
マードックはディアッカの驚きように苦笑しつつも、対して悪びれもなく、
「おいおいザフトの小僧、そんなに驚くなよ」
「後ろから声かけられたら誰だって驚くだろうが、フツー」
「おや? コーディネイターっては後ろにも目がついていたりはしねえのか?」
「しねえよ! …たく、どこからそんな話を…」
まったくこのオッサンはよ、と思いつつもディアッカは悪い気はせず、そういやあオッサンは最初っからこの調子だったな、と思い返していた。
ディアッカが捕虜ではなく、味方として改めてこの艦に戻ってきたときに、一番初めに声をかけてきた人物だったがこのマードックだったのだが。
『よう、ザフトの小僧』…元・敵軍で元・捕虜。そんな微妙な立場にあるディアッカに対しマードックはこう言ったのだ。
これには言われたディアッカも、周りにいたほかの整備士たちも思わず言葉を失った。
そしてディアッカが沈黙に耐え切れずに吹き出したのをきっかけにMSデッキは笑いの渦に包まれ…
その後、ディアッカと彼ら整備士との関係はかなりよくなったのだった。
もちろんそれにはディアッカ自身の性格も大きく関係しているのだが。
(にしたって、『ザフトの小僧』はあんまりだよな)
しかし、いくら自分の名前を教えてもマードックがその呼び名を変えようとはしねなかった。
最初のうちはディアッカも言われるたびに訂正していたのだが、そのうち言っても無駄だと気づいてやめてしまった。
訂正するのが面倒くさかったのもあるが、どこかで嬉しがっている自分がいると気づいたから。
(…なんていうか…変なオッサンだよな、ホント)
「…ん? 何か言ったか?」
「な、何でもないっ!」
全く、このおっさんこそ耳が他にもついてんじゃないだろうな。
ディアッカはそんなことを思いながら少し疑惑の目でマードックを見るが、見られた本人は全く気にする様子はなく、
「そうか? それならいいが…それよりもな、ザフトの小僧」
「ん? 何だよ」
「バスターのことなんだが」
「ああ」
「前におめえさんが言っていたとこなんだが」
と、マードックはディアッカにバスターのデータを見せながら言った。
「…ああ、そういえば」
「で、ここをこうしといたから」
「…ふんふん、で?」
「だからな、ここんとこをちょっといじっといたから、一応覚えておけよってことだ」
「一応〜?! 絶対に忘れんな、じゃないの?」
「そうとも言うかもなあ、ハッハッハッ!」
「…たく、このオッサンはよぉ…」
どうしようもねえなあ、とディアッカが呆れた時、ふと視線を感じた。
振り返ってみればそこには眼鏡をかけた実直そうな少年。
サイ・アーガイルだった。
(アイツは…たしかサイ、とか言ったけ、ミリィの友達の)
ミリアリアが彼氏を亡くして最も悲しみに沈んでたころ、一番そばにいた男。
そしてその時の様々な自分の発言のせいで、おそらく自分にいい印象はもっていないだろうと思われる人物。
そんな風にディアッカが思って視線を合わさぬようにサイを見ていると、やがてマードックもサイに気づいたのか、
「…眼鏡の坊主じゃねえか。なんか用か?」
と、声をかけた。こうなっては仕方ないのでディアッカもサイの方を向く。一瞬二人の視線が合ったが、すぐサイの方が目をそらした。
(…やっぱ嫌われてる、か。最初の出会いが出会いだったし仕方ないか)
だが考えてみればサイ以上にディアッカの言動で傷ついたであろうミリアリアは、今では少なからず好意を抱いてくれているように思う。
だからこのサイだってもしかしたら…と考えて、やめた。
男に好かれて何になる、と。
そんなディアッカの感情を知ってか知らずか、サイはマードックに少し呆れたように言った。
「サイ、ですよ。いい加減名前覚えてください」
「いいじゃねえか、この方が分かりやすいだろ?」
ディアッカはマードックの言いように思わず自分の時のことを思い出して苦笑してしまった。
(なるほど、コイツは『眼鏡の坊主』なわけね。なら俺が『ザフトの小僧』でもしかたないか)
しかし、サイは何しに来たのか。マードックも気になったのだろう、少し首を傾げつつ、
「…で、用件は?」
「…え、いや、その…」
再度聞かれたサイは何故か言いにくそうに少し後ずさった。
何か後ろめたいことでもあるんだろうか、ともディアッカは思ったのだが、マードックは違うことを思ったらしい。
「どうした? …もしかして、コイツに用か?」
コイツ。そう言ってマードックはクイっと親指でディアッカを指す。
「……おいおい、おっさん、いくらなんでもそりゃないって」
大体俺、コイツに嫌われてるんだし、とディアッカは苦笑気味にそう続けようとした。
だがしかしサイは、マードックの言葉に否定も肯定もせず、ただじっとディアッカを見ている。
それはまるで、品定めをするかのように。
(な〜んか、やな予感…)
まさか、とは思うが。本当に俺と話をしようとは思っていないだろうな。
いやしかし、コイツは俺をよくは思ってない……その、ハズだ。
それでも話をしたい、と思うものなのか。いや、ナチュラルってはけっこう変わってるみたいだし……
ディアッカの中で様々な思考が駆け巡る。
その間にもサイは何か意思を固めたような、決心をしたような感じで軽く深呼吸をし、
「ディアッカ…だっけか、話があるんだ、一緒にきてくれないか?」
まっすぐディアッカの方を向いて、そう言ってきた。
(…マジ、かよ…。何で俺がコイツと話を…いや、そもそもどんな話があるって…)
思いもよらないサイの言葉に、ディアッカはかなり動揺していた。
だが、それを悟られるのも悔しいので顔には出さず、
「いいぜ。俺もちょうど話がしたいと思ってたし」
とりあえず精一杯の笑顔をしてディアッカはそんな言葉を返してみたのだった。
ディアミリオリジナル設定話第1弾、ディアッカさん編その1。
本編でやけにマードックさんとディアッカさんが仲がよい(笑)のが気になったので、ついでにそのエピソードも入れてみました。
ディアッカさんの呼び名『ザフトの小僧』はもろオリジナル。
でもどう考えたって、マードックさんが『ディアッカ』とか『エルスマン』とか呼んでる姿、想像できなかったので。
※ちなみにside-Sとこれは同じ場面を違う視点(それぞれサイ君とディアッカさんの)で見てるので、一部を除き会話はまったく一緒です。
両方読むと、二人がどんなことを思って会話していたのかがよく分かります(笑)。