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……まったく、なんでこんなところでコイツと二人で話さなきゃいけないんだ。
二人の他には誰もいないパイロット待機室。ディアッカはいまだ背を向けたままのサイを見ながらそう思った。
(マードックのオッサンもなあ、余計なことを言ってくれるよな)
『…パイロット待機室なら、今誰もいないハズだぜ、行ってみな』
最初はその場で話をすればいいと言っていたマードックだが、サイのどこか思いつめたような表情を見て、そんなことを言ったのだった。
だが、誘ったはずの当人は、先ほどから背を向けたまま考え込むばかりで、一向に何も話そうとしない。
最初は何度か何かを言うような仕草をしていたのだが、それは全く言葉にはならず、すぐに首を振り、また考え込むということを繰り返しているだけなのだ。
そんなサイの様子を見て、ディアッカはマードックとの会話を思い出した。
『…あの坊主もいろいろと大変だったんだ。だから色々たまってるのかもしれん。覚悟しといたほうがいいかもしれんぞ』
『覚悟って何だよ、覚悟って』
『嬢ちゃんのことだよ』
『…っな…』
『仲間内じゃ、見たところあの坊主は兄貴分っていうか保護者みてーな感じだったからな。嬢ちゃんが得体のしれない男と付き合うかもしれねぇ、とわかりゃほっとけねえだろが』
だから気をつけろよ、とディアッカの背中をポンっと叩きながらマードックは言ったのだった
(気をつけろって言ったってなあ…何をどう気をつけろっていうんだか)
そもそも第三者であるサイの自分と彼女のことをどうこう言われる筋合いはないハズだ。
だから余計なことを言うようなら力技でねじ伏せても…と、そこまで考えたディアッカだったが。
(いや待てよ。もしサイを怪我させたりなんかしたら、俺はミリアリアに嫌われる…?)
それはマズイ。やっと少しだが心を開きはじめてくれた彼女に、またあの憎しみのこもった瞳で見られることは、勘弁してもらいたい。
じゃあどうするんだよ、とディアッカが一人で考え込んでいると、
「…えと…ディアッカ…さん?」
ふいにサイの方から声をかけられ、ディアッカ不覚にも少しビクついてしまった。
だが、すぐに余裕をみせるように髪をかきあげながら、
「…『さん』はいらないって。『ディアッカ』でいい。その代わり俺も『サイ』で、いいか?」
単にずっと軍にいたディアッカにとっては、たとえ年下からでも敬称つきで呼ばれる機会が少なかったたから、軽い気持ちで呼び捨てにしろ、といったのだが、サイは違う意味にとったのか、
「え? …あ、ああ…わかった」
かなり戸惑った表情でそう言ってきたのだった。
…一体どんな意味にとったんだか。と、ディアッカは考えて、ふと思い出した。
サイが――というよりこの艦のクルーのほとんどが、ナチュラルだったということに。
多くのナチュラルというものはコーディネイターに対して劣等感というものを持っているのだ。
マードックや他の整備士たちが自分に対して普通に接していたので、すっかり忘れていた。
そしてコーディネイターはそんなナチュラルたちを見下している。
ディアッカ自身、以前はそうだったし、そのことを疑問にも思っていなかった。
とはいえ今のディアッカは、ミリアリアやマードックたちとの出会いでその認識が改められてはいるが、サイはそれを知らない。
だからサイはディアッカが呼び捨てにしていいと、対等の立場で話そうと言ったことに驚いているのだろう。
「…ま、まあとにかく、ディアッカ。えと…その…」
それでもすぐに言ったとおりにするあたり、真面目なのか律儀なのか。
だが名前を呼んだはいいがサイはまた黙り込んでしまう。
おそらくどう切り出していいのかわからないのだろう、ディアッカはそう思っていた。
だが、サイの口から出たのは予想もつかない言葉だった。
「ア、アスランって、どんなヤツなんだ?!」
「…はぁ?」
…今、何て言った、コイツ?
確かアスランって…そう言ったよな?
サイの口から出た思いもよらない言葉にディアッカは一瞬自分の耳を疑った。
「あ、いや、その…」
「アスランって…またなんでよりにもよって…」
思わず頭を抱えてしまう。
絶対ミリアリアのことを聞かれるのかと思っていたのが、何故アスランなのか。
ディアッカはしばらく考えてある事実を思い出した。
「でもそういやあ、お前あのストライクの…じゃない今はフリーダムか、とにかくそのパイロット…」
そう、確か名前は…
「キラ」
「そうそう、キラっていったけか、アイツ…お前、そいつのダチなんだっけ」
キラ・ヤマト。確かそんな名前だった気がする。
ソイツはミリアリアの友人だったのだからサイにだって友人だったんだろう。
そう思いディアッカは軽い気持ちで言ったのだが。
「…ああ。…と…仲間だ」
友達。そう言おうとしてサイは口ごもり、すぐさま仲間、と言い直した。
単に照れくさいのか。それとも他に理由があるのか。
あえて友人・友達、という言葉を避け仲間、という表現をしたサイにディアッカは少し気になったが、
「仲間、ねえ。まあ、いいけど。んで、そのキラが仲良くしてるから気になるって?」
「…え…」
「アスランのことだよ。だから、知りたいってことじゃないのか?」
「あ、ああ」
どこか曖昧にうなづくサイ。他に理由があるというのだろうか。
だがしかしその前に一つ訂正しておかないといけない。
「…でも悪いね、俺はアスランのこと、よく知らないからさ」
知っているとすれば、家柄とか、婚約者とか、そういう『データ』ぐらいか。
だがサイが聞きたいのはそんなことではない気がする。
大体それではまるで好きなオンナのことを知りたがるオトコのようだ。
「え? だって…」
友達……じゃないのか。サイは驚いたように聞きかえす。
そう見えるのか、自分とアスランは。今まで同じ部隊にいても、まるで話もしなかったというのに。
それとも同じ軍にいるだけで、親しいと思ったのか。
「違うって。俺とアスランは、ただの同僚。むしろお互い嫌ってたって感じ?」
何せ俺は、ストライクのパイロットがアスランの幼馴染ってのも知らなかったんだぜ…とディアッカは苦笑しながら言った。
まああの時はイザークのやつのこともあったから、アスランの事情など知りたいとも思わなかったのだが。
「そうなのか? でもそれは…俺だって」
「お前は知ってたんだろ?」
「いや、それはたまたま。キラがラクスって子に話してるのを、カズイが聞いて、それで…」
「ラクス? もしかして、ラクス・クライン? 何で彼女がこの船に?」
「え? いや、それは…」
ラクス。ラクス・クライン。ザフトの歌姫にして、クライン評議長の娘。
思いもよらないところで聞いた彼女の名にディアッカはかなり驚いたのだが、サイがそれ以上に驚いた顔をしているので、
「ん? 俺、なんか変なこと言ったか?」
一体何をそんなに驚いたのか。だがサイはあわてて、手を顔の前で振り、
「ああ…いや、別に」
「ふぅん? まあつまりそういうことなんで」
「は?」
「は、じゃないって。俺はアスランのことよく知らないんだってこと」
「あ、ああ…そのこと」
ディアッカとしては一応最初の質問に答えたつもりだったのだが、何故かサイは笑い出した。
そのあまりの変わりように少し腹が立つ。
「何で笑うワケ? …ったく、ちょーし狂うよなあ」
「え…?」
「…ほんっと、ミリアリアといい、お前といいさぁ…」
「ミリィ?」
少し怒りを含んだようなサイの口調に、ディアッカはハッっと我に返った。
「あー…え〜と、その…」
一瞬しまったと思ったのだが、言ってしまったのはどうしようもない。
「…ディアッカ…ミリィのこと…?」
「い、いや、べつにそんなんじゃないんだって。ホント! 」
何とか否定しようと色々言ってみるが、どうもバレバレらしかった。
(…ったく。話題にしないように気をつけてたのに、自分からバラシてどうすんだっつーの)
しかしこうなっては仕方が無い、ディアッカは殴られるのも覚悟でサイの様子を伺う。
本当はただ黙ってやられるなど冗談ではないのだが、ミリアリアに嫌われるよりマシだ。
が、サイはサイでそんなディアッカの様子に何か別のことを考えているような表情を浮かべていた。
「…おい、聞いてるのか?!」
サイのそんな様子にディアッカは少し不安に思いつつ声をかける。
まさかどうやって殴ろうか考えているわけはないと思うが。
「え? ああ、聞いてるよ」
「本当かぁ?」
「ホントだって」
…絶対に嘘だ。サイの表情を見てディアッカはそう思った。
が、これ以上それにふれるとどんなことが起こるかわからないので黙っていることにした。
(…はあ。まったく…何ていうか、なあ)
ミリアリアに、マードック、そしてサイ。
少なくとも自分が思っていたナチュラルとは全く違う、この3人。
だが考えてみれば当たり前なのかもしれない。
自分たちコーディネイターだって、いろんなヤツらがいるのだから。
だから、つまり…。
「ナチュラルにもいろいろいるってことだよな」「コーディネイターでもいろいろいるってことだよな」
ほぼ同時に出た、その言葉に。
ディアッカとサイは思わず顔を見合わせ、そして。
『…ハハハハ…』
どちらかともなく笑い出したのだった。
「ハハハ…あぁ、なんか久しぶりに笑った気がするよ」
「俺も…だな」
再び顔を見合わせ、また笑った。
それだけで、何かが変わった気がした。
その後、ディアッカとサイはいろんな話をした。
友人のこと。この戦争のこと。
自分たちの知らない、戦争の裏側。キラのこと、アスランのこと。アラスカやパナマ、オーブの話もした。
互いの事情を知ることは、少し辛いものでもあったけれど。
それでも二人は話し続けた。
そしてしばらく話した後。
「あれ? そういや、お前の話って…なんだったんだ?」
ふいに、サイが思い出したようにそんなことを聞いてきた。
「…今更そういう事を聞くのなっての…」
「え? いやでも、気になるし」
コイツは、分かってて言ってんじゃないだろうな。
ディアッカはそう思ったが仕方なく正直に、
「…特にない」
「はあ?」
「だから、ないんだよ。あの時はただちょっと…」
―お前から話があるって言われてちょっとあせって、でもそれを見せるのが悔しくて、少し余裕を見せたかっただけだと言った。