triangle <side-S>
<1>

自分にできることをする。そう決めて軍に残った。
だからそのことに関して後悔はない。
例えこの命燃え尽きても、平和とそして、未来のために。

「…なんてこと言えたらカッコいいんだろうけどな」
と、サイ・アーガイルは苦笑混じりに呟いた。
一人で喋って笑っているサイを、すれ違ったクルーが少し訝しげな顔で見る。
それを見て、サイは一瞬顔をあからめ、またもや苦笑した。確かに独り言が多くなっているからな、と思いつつ。

サイと同じく野戦任官兵としてこのAAに乗り組んだ元ヘリオポリスの少年たちのうち、トール・ケーニヒは戦死し、カズイ・バスカークは退艦。
そして残るキラ・ヤマトは今、ここにはいない。友人であり、元ザフト軍のアスラン・ザラが単身プラントに帰るというのでその護衛任務についている。
(まあ、任務じゃなくたってあいつは行くんだろうけど)
友達が、それも長い間敵として戦っていて、やっと味方として友人として再び会えた人物が、
単身敵地―アスランにとっては故郷だが―に乗り込もうとしているのに、じっと待っていられるやつではないのだ、キラは。
だが、しかし。

(オーブで彼が味方についたときのキラ…すごく喜んでいたんだよな)

あんなキラは正直見たことがない。否、ヘリオポリスにいたころならあったかもしれないが、少なくともこの戦争が始まってからは、一度も。
自分たちといたときには見せなかった表情を、本音を、アスランの前では見せる。それだけアスランがキラにとって大切な友達だったということなのだろう。
(…でも何かあの二人を見ていると、ナチュラルとコーディネイターにある壁を見せ付けられたような気がするんだよな)
自分たちと、キラの関係とは何だったのか、と。ナチュラルである自分と、コーディネイターである、キラ。

『コーディネイターだって、キラは敵じゃねえよ!』

そういったのはトールだったか。コーディネイターでも、キラは友達だと。あの時は自分も同じ気持ちだと思っていた。
だが本当に友達と言えたのだろうか。
本音を言わせてやることも、苦しみを理解してやることもできなかった自分。
そればかりか、フレイとのことでは、キラに嫉妬し、彼がコーディネイターであることを妬んでしまったのに。
どうしようもない壁、埋められない、隙間。それを思うと、自分が情けなくなってくる。

(…はあ、全く。これだから駄目なんだよな、俺は)

すぐにキラとの―この場合はアスランか、ともかくコーディネイターとの違いを考えてしまう。そして、できないことを悔やむ。
『サイにできないことを、僕はできる。…でも、僕にできないことを、サイはできるかもしれないんだよ』
キラに、そう言われたのに。カズイにも、同じことを言ったのに。

そんなことを一人で考えていると、どんどん自分を追い込みそうで、誰かに話を聞いてもらおうと艦内を歩き回っていたものの、
当たり前だが自分と同じ思いを抱えている人間はどこにもおらず、ますますサイはため息と、独り言と、苦笑する回数が増えてしまうのだった。
本来なら、サイと同じくヘリオポリスで学んだ一人であり、今現在AAにいる最後の一人、ミリアリア・ハウに相談するべきなのかもしれない。
だが、今の彼女はトールを失った悲しみから、やっと立ち直ったところだ。できればそっとしておいてやりたい。
それに、サイの悩みはひいては「トールを殺したアスラン」の話にもつながってしまう。それは今の彼女には酷だろう。

だから自分で考えるしかない。これからどうするかも、キラとの関係も。
しかし考えても考えても結論は出ない。
そうして考えるうちに、彼の耳に何ともお気楽な声が聞こえてきたのだった。

「…ふんふん、で?」
「だからな、ここんとこをちょっといじっといたから、一応覚えておけよってことだ」
「一応〜?! 絶対に忘れんな、じゃないの?」
「そうとも言うかもなあ、ハッハッハッ!」
「…たく、このオッサンはよぉ…」

いつの間にかそこはMSデッキだった。 見ると整備主任のコジロー・マードック軍曹と、褐色の肌をした少年が話をしている。
元・ザフト軍で、AAの捕虜を経て今は一応味方になったらしい人物。
名を、ディアッカ・エルスマンと言う。

(…な、なんかやけになじんでないか、あいつ…)

マードック軍曹と親しげに会話している様子からは、とても先日まで敵として戦っていた人物だとは思えない。
それは軍曹の人柄なのか、ディアッカの順応性が高いのか。おそらく両方だろう。それにしても。
(にしたってなあ…普通もう少しこう…遠慮がちになったりはしないもんなのか)
とついつい呆れながらも見ていると。

「…眼鏡の坊主じゃねえか。なんか用か?」
軍曹がサイに気づき、声をかけた。つられてディアッカもサイの方を向く。
一瞬二人の視線が合ったが、すぐサイは目をそらし、
「サイ、ですよ。いい加減名前覚えてください」
「いいじゃねえか、この方が分かりやすいだろ?」

…相変わらずだ、この人は。サイは思わず苦笑した。
見れば横でディアッカも苦笑している。彼もまた、妙な愛称をつけられたクチか。

「…で、用件は?」
「…え、いや、その…」
再度軍曹に言われてサイは口ごもる。特に用があって来たわけではない、考え事をしていたら、何となくここに来てしまったのだ。

(…でも、そうだな…こいつになら)

キラと同じコーディネイター。しかも、アスランとも同僚だったディアッカなら。
自分の中にあるこのやりきれない気持ちを話せるかもしれない。
そう思い、サイはじっとディアッカを見つめる。

「どうした? …もしかして、コイツに用か?」
やがてサイが見ていたことに気づいたのだろう、軍曹はくいっと親指でディアッカを差した。
差されたディアッカは俺に?と驚いているようだ。まさか、という顔で肩をすくめている。
そんな二人の様子にサイはまたもやため息をつく。

(ま、正直、あまり気は進まないんだけどな)
彼が味方になってから数日、まだまともに話すらしたこともないのだから。だが、他に話す相手がいるわけでもない。
(…仕方ないか)
軽く深呼吸して、話しかける。
「ディアッカ…だっけか、話があるんだ、一緒にきてくれないか?」
一瞬の沈黙。

「いいぜ。俺もちょうど話がしたいと思ってたし」
やけに愛想のいい顔をしてディアッカはそんな言葉を返してきたのだった。

(やっぱやめとけばよかった…)
サイが少し自分の決断を後悔したのは、言うまでもない。
続きを読む   side-D<1>へ  side-Mへ  nolelページへ

ディアミリオリジナル設定話第1弾、サイ君編その1。
キラ君との関係(※注:別に怪しい関係でありません)を悩んだサイ君が、ディアッカさんに相談するという話。
マードック軍曹がサイ君を『眼鏡の坊主』と呼んでいるかどうかはわかりません。でも『サイ』とか『アーガイル2等兵』よりはらしい、のではないかと。

※ちなみにこれとside-Dは同じ場面を違う視点(それぞれサイ君とディアッカんの)で見てるので、一部を除き会話はまったく一緒です。
両方読むと、二人がどんなことを思って会話していたのかがよく分かります(笑)。