<2>
話がある。そう言ってサイがディアッカを連れ出したのは、パイロット待機室。
「…パイロット待機室なら、今誰もいないハズだぜ、行ってみな」
最初はその場で話をすればいいと言っていたマードック軍曹だが、サイが決して軽口を叩きに来たのではないと理解し、そんなことを言ってきたからだ。
だが、いざ話をしようとすると言葉が出てこない。
先ほどから何か言おうとしては首を振り、そして考え込む、ということを繰り返しているだけだ
さぞかしディアッカには奇異に思われているだろう。
しかし、そう思いディアッカを見ると、彼もまた何か考えている様子。
…いや、考えているというよりは、言いたいことを整理しているような感じか。サイと同じように。
こういうときにはむしろ第三者がいた方がよかったのかもしれない。が、今更戻るわけにもいかない。サイは決心して、
「…えと…ディアッカ…さん?」
そう、声をかけた。声をかけられたディアッカはすこし驚いた様子(ビクッとしたと思ったのは気のせいだろう)だったが、やがて髪をかきあげながら、
「…『さん』はいらないって。『ディアッカ』でいい。その代わり俺も『サイ』で、いいか?」
「え? …あ、ああ…わかった」
―呼び捨てにしていい、と言われるとは思わなかった。
コーディネイターは、ナチュラルを見下しているもの―無論、キラは別として、だ―だと思っていたから。
否、確か以前の、捕虜になってすぐのディアッカは確かにナチュラルを、自分たちを見下した態度をとっていたような気がする。
だが明らかに今のディアッカは違う。だからこそサイも話をしようと思ったのだが。
いったい何が彼を変えたのだろうか。
「…ま、まあとにかく、ディアッカ。えと…その…」
言い出して、サイは気づいた。自分は何を彼に相談しようとしていたのか。
(ディアッカはコーディネイターだから、同じコーディネイターのキラのことを話そうと…でも)
考えてみれば、ディアッカはキラをよく知らないのだ、そんなヤツとどんな会話をしようというのか。
だがしかし、もはやサイの口は止まらない。気持ちに反して言葉が出てくる。
「…ア、アスランって、どんなヤツなんだ?!」
「…はぁ?」
「……あ、あれ?」
口に出た言葉は、サイ自身が思ってもいない言葉だった。そして、それにその質問に対するディアッカの態度も。
「アスランって…またなんでよりにもよって…」
ディアッカは何故かああっもう、などと言いながら頭を抱えたのだ。
予想外の行動にサイの方が面食らってしまった。
「でもそういやあ、お前あのストライクの…じゃない今はフリーダムか、とにかくそのパイロット…」
「キラ」
「そうそう、キラっていったけか、アイツ…お前、そいつのダチなんだっけ」
ダチ。友達。自分にとってキラは…
「…ああ。…と…仲間だ」
少なくとも友達、とは言えなかった気がするから。
だがクラスメイト、というのは少し違うし、同僚、というと他人行儀な気がする。少し考えてサイは仲間という言葉をひねりだした。
仲間―その言葉にとサイの態度にディアッカは何か含むところを感じたのか、ふうん、と軽くうなずいて、
「仲間、ねえ。まあ、いいけど。んで、そのキラが仲良くしてるから気になるって?」
「…え…」
「アスランのことだよ。だから、知りたいってことじゃないのか?」
「あ、ああ」
ディアッカの問いにサイは曖昧にうなずいた。
本当のところをいえば、何故そんなことを言ってしまったのか自分にも分からなかったのだが。
「…でも悪いね、俺はアスランのこと、よく知らないからさ」
「え? だって…」
友達、じゃないのか。同じコーディネイターで、同じ軍にいて、同じ部隊に所属して。
「違うって。俺とアスランは、ただの同僚。むしろお互い嫌ってたって感じ?」
何せ俺は、ストライクのパイロットがアスランの幼馴染ってのも知らなかったんだぜ…とディアッカは苦笑しながら言った。
「そうなのか? でもそれは…俺だって」
「お前は知ってたんだろ?」
「いや、それはたまたま。キラがラクスって子に話してるのを、カズイが聞いて、それで…」
「ラクス? もしかして、ラクス・クライン? 何で彼女がこの船に?」
「え? いや、それは…」
サイは驚いた。ディアッカが本当に何も知らないということに。
そして、コーディネイター同士でも仲が悪いこともあるんだ、とも思った。
「ん? 俺、なんか変なこと言ったか?」
サイがよほど驚いた顔をしていたのか、ディアッカは少し戸惑いながら言った。
「ああ…いや、別に」
「ふぅん? まあつまりそういうことなんで」
「は?」
「は、じゃないって。俺はアスランのことよく知らないんだってこと」
「あ、ああ…そのこと」
何をいうかと思えば。サイは少しおかしくなった。
「何で笑うワケ? …ったく、ちょーし狂うよなあ」
「え…?」
思いもよらないディアッカの言葉に、またもやサイは驚いた。
調子が狂う。そう、言ったような。
コーディネイターのディアッカが、自分より明らかに優れているはずのディアッカが、自分にペースを乱されてるということなのか。
「…ほんっと、ミリアリアといい、お前といいさぁ…」
「ミリィ?」
何でここで彼女の名前が出てくるんだ、とサイは少し強い口調で聞き返した。
そんなサイの様子にディアッカは一瞬しまったという顔をし、すぐに、
「あー…え〜と、その…」
何故か顔を赤らめて言うディアッカ。これは…もしかして。
「…ディアッカ…ミリィのこと…?」
「い、いや、べつにそんなんじゃないんだって。ホント! 」
必死に否定しているが、その顔で言われても説得力がない。
少なくとも彼がミリィに対してどんな想いを抱いているかは一目瞭然である。
しかし確かどこかでこれと同じ光景を見たような気がするのは気のせいだろうか。
(……そうか。…トールに…ミリィのことを好きなのか聞いたときとそっくりなんだ)
コーディネイターであるディアッカと、ナチュラルであるトール。
二人が似ているとは妙な感じだが、確かにあの時のトールも同じように慌てていたっけ、とサイは思い出した。
(…でも同じ…じゃないよな)
ディアッカとトールは違う人間だ。
だからたとえ質問に対する反応が似ていても、同じと言うわけではない。
人は一人一人違うのだから。コーディネイターでも、ナチュラルでも、それは同じ。
(……ああ、そうか。だからなのか)
キラにとっては同じコーディネイターだからアスランが親友、というわけではなく。
幼いときを共にすごした幼馴染で、気心がしれているから。
(……そう、いうことなのか)
考えれば単純なことだった。今まで悩んでいたのがバカらしくなるほど。
「…おい、聞いてるのか?!」
サイが考え込んでいるのに気づいたのかディアッカがそう聞いてくる。
「え? ああ、聞いてるよ」
「本当かぁ?」
「ホントだって」
本当は全然聞いていなかったんだけどな。その言葉をサイは飲み込んだ。言えば絶対に怒りそうな気がするので。
それにしても、この反応。トールとそっくりという前にコーディネイターらしくないというかなんというか。
といってもサイはキラぐらいしかコーディネイターを知らないのだが。
そんなことを思いながらディアッカを見ると彼はまだぶつぶつと呟いていた。
(……まあ、でも)
「コーディネイターでもいろいろいるってことだよな」「ナチュラルにもいろいろいるってことだよな」
ほぼ同時に出た、その言葉に。
サイとディアッカは思わず顔を見合わせ、そして。
『…ハハハハ…』
どちらかともなく笑い出したのだった。
「ハハハ…あぁ、なんか久しぶりに笑った気がするよ」
「俺も…だな」
再び顔を見合わせ、また笑った。
こんなに笑ったのは本当に久々だ。でも、とても気持ちがいい。
その後、サイとディアッカはいろんな話をした。
友人のこと。この戦争のこと。
自分たちの知らない、戦争の裏側。キラのこと、アスランのこと。アラスカやパナマ、オーブの話もした。
互いの事情を知ることは、少し辛いものでもあったけれど。
それでも二人は話し続けた。
そしてしばらく話した後。
「あれ? そういや、お前の話って…なんだったんだ?」
すっかりディアッカに心を許したサイはふと思い出して軽い気持ちで聞いた。
確か、ディアッカも話があると言っていなかったか。
「…今更そういう事を聞くのなっての…」
「え? いやでも、気になるし」
最初は軽い気持ちだったのだが、隠されると気になるのは人間の心理。
実は複雑な理由があるのでは、と思いサイはさらに問い詰めた。
しかし次の瞬間少し憮然とした様子で返ってきた、ディアッカからの答えは、予想もつかない言葉だった。
「…特にない」
「はあ?」
今、何て言った? 特にない、って言ったのか?
何が『ない』のか。話をする理由がなくなった、のか。それとも……。
「だから、話なんてないんだよ。あの時はさ、ただちょっと…」
―お前から話があるって言われてちょっとあせって、でもそれを見せるのが悔しくて、少し余裕を見せたかっただけだと、ディアッカは言ったのだった。