<2>
教官が吉良に頼んだのは、次の講義に使う資料を教室まで運んでくれということ。
一人よりも二人でやった方が速いので、結局恋次も手伝うことになってしまった。
「……ったく! 何でお前あんなところにいんだよ!」
吉良の運の悪さはいつものことだと知りつつも、ついつい呆れてしまう恋次。
「知らないよ!大体阿散井君が最初に断らなきゃこんなことには……」
「あ〜そりゃ悪かった悪かった」
「全くだよ……って全然反省してないだろ、キミ!」
「バレたか」
反省するも何も、実際に恋次は予定があるのだから仕方が無い。断る理由としては正当なものだ。
むしろあんなところでもたもたしていた吉良の方が悪いとほんの少しだが思ったりもしたのだが、さすがにそれは口にはださないでいた。
「お、重い……な、なんでボクがこんな目に……」
分厚い資料を抱えて嘆く吉良。見た目と比例して力の無い彼なので、時折よろけつつも、なんとか歩いていた。
ちなみに恋次はその倍以上の量を抱えていたりするのだが、こちらはいたって平気だった。
「仕方ねえだろ、頼まれちまったんだから」
そんなにイヤなら断っちまえばよかったじゃねえか、と恋次は毒づく。
もちろん吉良にそんなことが言えないのはよく知っていたが。
そんな恋次に対し吉良は無言でじとり、と恨めしそうな視線を向ける。
「何だよ、その目は」
「……いや、別に」
何かを言いたげにしたまま、吉良はぷいっと視線をそらす。
そのまま二人はしばらく無言で歩き、やがて程なくして教室までたどり着く。
扉を開け、教卓の上に資料を載せた時には、すでに昼休みが半分近く終っていた。
「…………はあ、けっこう時間かかっちゃたな。雛森さん、怒ってるかな……」
「意外と待ちくたびれて昼寝でもしてんじゃねえの?」
何せあそこは絶好の昼寝スポットらしいからな、と苦笑いしつつ言う恋次。
「しかも今日なんてのは絶好の昼寝日和。行ったら行ったで、寝ぼけ眼で言われるかもな、『あ、遅いよ〜、もう吉良君なんかキ・ラ・イ!』」
「そ、そんな……って、全然似てないだろ、それ!」
「別に似せる気ねえもん」
「なら、やるなよ!」
「お前も律儀に突っ込むなよ」
ホント、ご苦労なことだよ、と恋次は吉良に聞こえないように呟いた。
全く、いつもながら吉良の真面目さ、というかはっきりいって『クソマジメ』さには呆れてしまう。
雛森との関係もこれだから進まないのがよくわかる。彼女ははっきり言って天然だ、それに対しいちいち突っ込みを入れていたのでは話が進むものも進まない。
まあ単に吉良に告白する勇気がないというのが最大の理由といえばそうなのだが。
第一にして雛森は吉良どころか、学院中の男子生徒のおそらく約3割近くに思慕や憧れの思いを抱かせているのにも関わらず、それに全く気づいてないのだから。中には直接的な言葉ではないにせよ、思いを伝えた者もいるというのに、だ。
(ま、そこが雛森のいいところっちゃあそうなんだろうけどな)
ちなみにその振った相手に翌日元気におはよう、と声をかけ、『気まずくならないよう、気を使ってくれているんだな』と思わせたのは学院では有名な話である。実際には告白されたことに全く気が付いていないので、気の使いようもないのだが。
鈍さと天然さも、ここまでくれば才能ということか。
そこまで考えた恋次の頭の中に、ふともう一人の少女の顔が浮かんだ。
彼女もまた鈍いという上では雛森とタメをはるかもしれないと思い、恋次はため息をつく。すると吉良が心配げな表情で、
「阿散井君、気分でも悪くなったのかい?」
「……え。……あ、ああ。いや、何でもねえよ」
「どっちなんだよ」
「だから、何でもねえって。それより、今度の試験のことだけどよ」
「またずいぶんと話を変えるね……」
唐突に話題を変えた恋次に、吉良は苦笑しつつも、で、何?と返してくる。このあたりも実にクソマジメであると恋次は思ったが、そこは口には出さず、
「これでいい成績とれば十三隊入りがほぼ確実ってのは本当の話だよな?」
「何を今更なことを言ってるんだよ、阿散井君。それは教官だって、卒業した先輩方だって、皆さん仰っていたじゃないか」
だからみんな必死なんじゃないか、と吉良は言った。
恋次はそうだよな、と言って小さなため息をついて、
「んなこと分かってるよ、けどな……」
「けど?」
言いよどむ恋次に訝しげな目を向けて、吉良は尋ねた。
「けど、なんなんだよ、阿散井君」
そんな吉良の目をじっと見つめて、恋次は、
「………………いや、なんでもねえ」
「…………何なんだよ、一体?」
「だからどうでもいいんだって」
「どうでもいいなら聞かないだろ、わざわざ」
…………確かに。恋次は思わず心の中で頷いた。それでも理由を告げてやる気はさらさらなかったが。
やがて目的地に近づいたことに気が付き、ふとそちらの方に目をやってみたところ、恋次はそこに雛森ともう一人、誰かがいることに気が付いた。
「……おい、吉良」
「なんだよ」
「誰かが雛森と一緒にいるぞ」
もちろん阿散井は後ろ姿を見た時点で誰かは分かっていたが、あえて『誰か』と告げた。
特徴的な銀の髪。遠目から見ても分かる、決して長身とはいえない雛森よりも頭二つは小さなその背格好。
そんな人物は学院中を探しても一人しかいないだろう。
「え?…………こんな時期のこんな時間にここに来るやつなんて…………」
と言った後で吉良にもその人物が誰か分かったらしい。しばらくそのままの表情で固まってしまった。
そんな吉良を横目で見ながら恋次は、
(……やれやれ)
先ほどとは違う、深いため息をつくのだった。
何だか本編がああなった以上、色んな意味で書きづらいのですが、学生時代はきっとこんな風に仲が良かったんだ、ということで。
まあでも考えてみたら、吉良も恋次も(雛森も)お互いのことは多分まだ友人だと思ってるはずです。その上の人たちの思惑はともかく。みんな利用されてただけですから。
ちなみに恋次が思ったもう一人の女、は誰だかお分かりですよね?まあ分からなくても(多分)次で出てくるので。