視線の先には
<3>

日番谷冬獅郎。それがその少年の名前だった。
学院に入ってまだ数ヶ月だというのに、すでに護廷十三隊やその上の機関にまで名前が知れ渡っているほどの有名人である。
とはいえ、今まで間近で見たことはない。入学してきた当初に、ちらっと見たきりだ。
だからとりあえず、確かめることにした。
恋次は親指でくいっと少年を指しながら(その仕草に少年がジロリ、とこちらを睨んだが無視する)、
「おい、雛森。こいつって」
雛森は恋次のその指摘にちょっと首を傾げ、しかしすぐにポンッと手を叩いて、
「え。あ、うん、そう。日番谷くん。私の幼馴染なんだよ」

(幼馴染。そういえばそんなこと言っていたな)
そのせいで一時期雛森の周りには女生徒がやたらに集まっていた。
皆が皆、日番谷のことを聞きたがったのだ。

(…………にしても)
チラッと吉良の方を見れば、どうみても天才児の眼力にかなりおびえきっているとしか思えないほどのあせりっぷり。
このままでは全く会話に参加できずに昼休みが終る可能性もある。
(いくら天才でも、所詮は一年だろ。……ったく、どうしようもねえ)
これが学年総合トップの実態かと思うと頭を抱えたくなるが、それが吉良なので仕方が無い。
仕方が無いが、そんなところを雛森に見られてさらにコイツの評価が下がる(というよりも、もはや下がりようがないほど吉良は男扱いされていないが)のもとりあえず友人としてはしのびないので、ここは一つ、手を打っておくことにした。

へえ、コイツが例の、ねえ。とまずは切り出した。さらに、
「思ってたよりもチビじゃねえか」
とからかうように付け足す。
日番谷冬獅郎が有名なのは、霊力・霊圧の高さ強さ、鬼道や剣術の才能はもちろんだが、それより何より一目を引いたのはその容姿。
適度に立った銀の髪と、意志の強さを感じられると同時にどこか冷たさも感じる碧の瞳。
だがそれよりもなによりも、日番谷冬獅郎という人物を確定付けるのは。
よく言えば小柄だが、悪く言ってしまえば、ようするに『チビ』と称されるほどのその身長だった。
だからあえてそれを指摘してみた。すると吉良は案の定、
「失礼じゃないか、阿散井君!」
と話に乗ってきた。
「そりゃ確かに普通よりはちいさっ……あ、いや、その……」
「お前だって言ってんじゃねえか」
「いや、だからその」
「もうっ、二人とも小さい小さいってあんまり言ったら日番谷君がかわいそうでしょ!」
ねえ、日番谷君、と後ろを振り向いて同意を求める雛森に、恋次は内心お前が一番言ってるだろうと思ったが、それは口に出さず、
「わりぃわりぃ」
とりあえず謝ることにした。それを受けて吉良もあわてて、
「すまない、雛森さん」
二人がすぐに謝ったことに満足したのか、雛森はよしっと言ってにっこりと笑った。
その笑みに吉良はあやうく悩殺されかけたようだが、なんとか持ちこたえて、
「そ、それより雛森さん。早くしないと時間が」
「あ、ホント? 吉良君、ちゃんと時計持ってきたんだ、さすがだね」
「いや、当然だよ」
いつもながらニブイ雛森の、全く意識していない褒め言葉に顔をほころばせている吉良に思わずご苦労だよな、と呆れてしまった。

(…………ん?)
ふいに、視線を感じた。
見ると日番谷がこちらを睨んでいた。それも、今までにないほどきつく、鋭い視線だ。
その視線の先は、吉良。吉良の方もそれを感じたのか体をびくり、っと震わせた。
(おいおい。これって)
明らかに、雛森に近づくな、と言わんばかりの視線。
(………………)
それを見ていた恋次の心に、ふととある少女の顔が浮かんだ。

かつて同じ街で育った少女。ともに笑い、ともに泣き、そしてともにこの精霊廷へと足を踏み入れた。唯一人の人物。
自分たちの住んでいた街は決して平穏な街ではなかった。
けれども彼女がいたから。彼女と、仲間たちがいたから、生き残れた。
仲間は全員失ってしまったけれど。まだコイツがいる。コイツとともになら、生きていける。そうずっと思っていた。
けれどもその想いは、ある日突然破られた。
突然やってきた『貴族様』がその彼女を養女にすると言い出したのだ。
納得がいかなかった。いきなりやってきて、彼女を連れ去るな、と言いたかった。
だが恋次にはできなかった。彼女に家族が出来るのだから、それを邪魔するわけにはいかない、と心を押し殺して送り出した。
けれど、もしも。
(  もし、俺にもう少し『力』があったのなら)
力と、そしてほんの少しの勇気。それがあったのなら、あの時彼女を連れて行こうとした貴族に立ち向かっていけたかもしれない。
あの時は、ただ立ちすくむだけしかできなかったけれど。あまりも、自分との距離が遠くて。
それを思うと、日番谷が上級生である吉良に対して臆することなく向かっていこうとする態度はすごいのかもしれない。
おそらくもしも恋次が雛森に対して吉良と同じ想いでいたのなら、きっと同じように日番谷は向かってきただろう。
いかに学院始まって以来の天才児とはいえ、まだ入学して数ヶ月、最上級生である自分たちとの差かなりのものがあるだろう。
だからもしかしたらそれはまだ何も知らない、一年生たる故の無謀さかもしれない。
けれど、それでも。あの時自分になしえなかった『力』と『勇気』があるのなら。
頑張れよ、と応援してやるのもいいかもしれない。吉良には悪いが。
そう思って恋次がふと目線をやると、ふいにこちらを向いた日番谷と目が合った。
その瞳はとても一途で、強い力を感じて。恋次は思わず笑ってしまった。
すると日番谷は何を思ったのか突然視線をそらし、雛森と二言三言話してから、その場を逃げるように去ってしまった。

(…………)
その様子を見て、恋次は天才児もまだまだお子ちゃまだな、と苦笑したのだった。
  

ようやく終りました!最後だけちょっとシリアス(でもないか)風味です。
けどこれが書きたかったんです。恋次のルキアに対する思い(あえて作中では名前を出しませんでしたが、バレバレだと思います)。
恋次と日番谷君は、幼馴染に家族愛以上恋愛未満(少なくとも今の時点では)を抱いている、という点では同志だと思っています。恋次の方は兄様のこともあって色々複雑なんですけどね。