視線の先には
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入るのも出るのも難しい真央霊術院とはいえ、入って六年もすれば慣れはするもので。
その日も、阿散井恋次は試験前だと言うのにのんびりと構えていた。

(ていうか、六年は実技試験と実習だけだからな)
まるでこれからせまる入隊試験のために余力を残しておけ、と言わんばかりのこの試験内容。
だからあまり勉強しても意味が無い。むしろ頭に詰め込んだけ体が動かなくなる気がする。
余計な知識にとらわれて、肝心の動きが鈍るのは、死神としては失格。
それならばいっそ、何も考えずにその場の判断だけで動いた方がマシ、というのは恋次たちの担当教官の言い分だったか。

とはいえ何もしないというのは少し不安だよな、と思っていたちょうどその時、友人の雛森桃が恋次を練習に誘いに来た。
「……ね? だから、そこで練習すれば」
と雛森は明るく言う。およそ死神らしくないこの少女だが、実は鬼道の成績はクラス1、いや学年一の実力を誇る。
そんな彼女と鬼道の練習ができるならば、願ったりかなったりだ、とすぐさま恋次は快く返事をしようとして、ふと、あることを思い出し、

「……吉良は? アイツも誘ったのか?」
「え?ううん。だって吉良くんから誘ってきたから」
それがどうかした?と雛森は首をかしげながら言った。

その雛森の表情を見て、やっぱりな、と恋次は苦笑する。
それは本当に不思議そうな顔で。とぼけているのでも、はぐらかしているのでもなく、本当に問われた意味を理解していないのは明らかだった。
(あ〜、ホント、同情するぜ)
雛森に好意以上の感情を抱いている吉良は, 多分なけなしの勇気を振り絞って彼女と一緒に練習したいと言ったのだろうが、全く気づかれていないどころか、こうして自分まで誘われてしまうとは。
(どうせなら、二人で練習したいとか言っとけよ……ったく)
吉良にそんな度胸がないことをよく知ってはいたが、どうしてもそう思わずにはいられない恋次だった。

しかし困ったことになった、と恋次は思った。
学年一の鬼道の使い手である雛森と練習できるのは頼もしいが、友人の儚い恋を応援してやるのも悪くない……かもしれない。
そうしてしばし自分の中で格闘した結果、導き出したのはひとつの結論。

「……阿散井君?どうしたの?」
「いや、何でもない。それで、いつやるんだ?」
「あ、うん。あのね、とりあえず今日のお昼休みにでもやってみようって」
「分かった。じゃ、後でな」
どうせほとんど脈のない恋だ、数少ないチャンスを自分がつぶしたところで対して変わりないだろう、それよりも自分が強くなれるチャンスの方が大事だ、と思いながら恋次は雛森にそう、答えたのだった。





そして昼休み。さっさと昼食を食べ終えた恋次はすぐさま待ち合わせの場所へ向かおうとした。
が、その時。
「お、阿散井。ちょうどいいところへ」
呼び止めたのは、恋次たちの担当教官だった。
一瞬恋次の顔にマズイ、という表情がよぎる。だが教官はそれに気づかず、実はちょっと頼みたいことがあるんだが、と話を続けようとする。
(やっべえよな……この教官はしつこいからな……ん?)
自分の運の悪さに呆れつつ、恋次があたりを見回すと、ふと、遠目に人影を見つけた。
(お、ちょうどいいところへっ!)
まさしく天の助け、とばかりに恋次はニヤリと笑い、
「教官。自分、ヤボ用がありますので。だからあっちのヤツに頼んでください。じゃっ!」
そういうとすぐさまくるり、と反転する。そしてこんなところで油を売っている場合じゃない、と駆け出そうとした。
だが、しかし。

「そうか、しかたないな。じゃあ……そっちの、吉良!」
「なっ……」
思わぬ名前に振り向いてみれば、視線の先にいたのはまさしく吉良イヅル。

(おいおい、アイツこんなところで何やってんだ!)
雛森が先ほど食堂から出て行ったのは確かに見た。だからてっきり吉良もすでに出て行ったものだと思っていたのだが。
どうやら自分の考えは甘かったらしい。しかもそれ以上に、このタイミングでここを通れる吉良の運、いや間の悪さに思わずため息が出る。
(……まずいな、これは)
吉良は絶対に断れない。たとえ他に用があろうとも。たとえその用が吉良にとって何より大切なことであろうとも。
と恋次が思いながら状況を見つめていると案の定、

「……な? 頼まれてくれるな?」
「…………ハイ」

顔中にイヤだという気持ちを前面に出しつつも、肯定の言葉と共にうなづく吉良の姿がそこにはあった。
  

久々の同級生トリオ編。初の恋次視点。……ていうか、『心の距離』の恋次編ですね。舞台裏というか、補足というか。
補足というより、むしろこっちが本編の様な気もいたしますが(苦笑)
しかも無謀にも続いてます。ていうか、次が実質『心の距離』の恋次編になります。

……にしても、吉良。本当に哀れっつうか、運悪すぎっつうか……(自分で書いといてなんですけど)

ちなみに、霊術院の六年生の試験が実技・実習オンリーなのは私的設定です。