幸と不幸は紙一重
幸福と不幸は、常に隣り合わせである。
そうそう幸運が続くわけでもなければ、不運ばかり続くわけでもない。
二つは交互にやってくるものだ。
それは世の中の摂理であり、真理であり、常識である。

     と、目の前の状況を前に吉良イヅルは思った。
思えば学院入学以来、全くもって不幸というか、運がなかったというか。

主席で合格したのに、その後の試験で格闘系は阿散井に、鬼道では雛森に大きく差をつけられた。
それはまあ相手が相手だったわけだし、そのことに対して別に思うことはなかった。
ただ、自身は学科試験はトップで、総合でも『1位』だったにも関わらず、皆からめでたく『ガリ勉くん』『もやしっ子』なとどいうアダ名をつけられたのは不運だったとしかいいようがないと思う。
何せそれが最高学年になった今でも、口の悪い級友たちなどにからかわれるのだから。

さらにいうならば、自分が何かをしようとする時に限って教官から頼まれごとをするし、偉い人が来校する時に挨拶と案内を頼まれれば体調をくずす。
前者はともかく、後者は単にプレッシャーに弱いだけだろ、と阿散井あたりが聞いたら間違いなくツッコミを入れそうだが、あいにくこれはイツルの思考なので誰もツッコミは入れてくれなかった。

とにかくもイヅルはあまり運が良い方と言えないのは確かだった。
だが、しかし。
今日ばかりは自分がとてつもなくついていると思った。
多少大げさかもしれないが、今までの運の悪さは全てこの日のために運を溜め込んでいたと思えるくらいに。

何故ならば、目の前に。
満面の笑顔の雛森がいる。
そればかりではない。

「はい吉良くん」

ぱかりとふたを空けて雛森が箱を差し出す。
差し出した箱の中には、3種類のおにぎりと、おかずが数種類。
どこからどうみても、正真正銘の、お弁当である。
長期任務の際に必要だと言われたため、女子生徒が数人集まって作っていたのだ。
そして出来たお弁当は各自好きな相手に渡していいということになったらしい。

学院中のアイドルである雛森のお弁当が誰の手にいくかは、当然のごとく注目の的だった。
どうやら彼女はまず、幼なじみである日番谷冬獅郎に渡したらしく、それにはほとんどの男子生徒が落胆の意を示していた。
もちろんイヅルもその1人。
だがしかし、日番谷に渡して食事したあと、おもむろに雛森はイヅルの所にやってきて、こう言ったのだ。

    よければお弁当、食べてもらってもいい?

ようするに任務は数人で行動することも多いので、少し多めに作ったということだったのだが。
それでも、級友としては誰よりも先に自分に来てくれたということが嬉しかった。

そうして。
今、イヅルの目の前には雛森のお弁当が、それも完全な手作りのお弁当がある。
その喜びをかみしめつつ、イヅルはまず一番手前にあったきんぴらゴボウを箸でつまんで、ぱくりと口に入れた。

そして、次の瞬間。
(        っ!)
あまりの辛さに声も出なくなるイヅル。
あわててそばにおいてあったお茶をごくりと飲んだ。

「吉良くん?どうしたの?大丈夫?」
イヅルは話さない。ただ黙ってお茶を飲むしかできない。
「もしかして、口に合わなかった?」
心配げに問う雛森にハッと我に返り、
「あ…い、いや別にそういうことじゃなくて。ちょっとむせたというか、なんというか」
「そう?ならいいけど」

本当はあまりの辛さに声も出なかったのだが、相手が雛森だけにイヅルは何も言えなかった。
湯飲みに八分目くらい入っていたお茶を半分くらい飲んでも口の中はまだ少しヒリヒリしている。
イヅルは特に辛いものがダメというわけではない。
だがしかし、いくら何でもこれは辛すぎだ。明らかに味付けに失敗しているとしか思えない。

(も、もしかして他のも……)
そう思いつつ、恐る恐る他の食べ物を箸でつまんだ。
黄色くて分厚い、厚焼き玉子。ほどよく焦げ目もついていて、実に美味しそうである。

「あ、その玉子焼きは自信作なんだ」
イヅルが口を開けようとした瞬間、嬉しそうな雛森の声が聞こえた。
ならばきっと美味しいのだろう。そうに違いない、と半ば祈るような気持ちでイヅルは玉子焼きを口に入れた。

    そうして。

(……あ、甘っ……)
今度はあまりの甘さに喉から吐きそうになった。
しかし口から出すわけにもいかず、またもやあわててお茶を飲む。
すると今度は本当に気管にお茶が入ってしまい、イヅルはゲホゲホと咳払いをした。

「き、吉良くん、大丈夫?」
「……ゲホッ……あ、ああ。大丈夫……でも」
「でも?」
「えーと、その」

辛すぎなきんぴらと、甘すぎの玉子焼き。
味付けを間違えたのではないのか。
出来上がったあと、ちゃんと味見をしたのか。

イヅルはそう尋ねたかった。だが、それは即ちこの弁当をけなすことにはならないだろうか、と思い直す。
けれど思い直したところでこの現状は変わらない。
言うべきか、言わないべきか。
イヅルは一体どうしたらいいのかと途方にくれてしまった。

だが、しかし。

「あ、もしかして甘すぎた?玉子焼き」
答えは雛森自身が出してくれた。
「え……あ、そうだと思う」
「そっか。ごめんね」
散々悩んだ自分がバカに思えるほど雛森は非をあっさりと認めた。
けれどさして落胆している様子でもなく、その様子にイヅルはホッと胸をなでおろす。
やはり味付けを間違えたのだ。でなければこんなに甘くなっているわけがない。
イヅルはそう思った。だが次の瞬間自分の認識も雛森の玉子焼きほど甘かったことを思い直す羽目になった。

「でも、吉良くんって甘いの苦手だったのね。知らなかった。何か意外な感じ」
「え?」
「だって、シロ……じゃない日番谷くんは美味しいって言って食べてくれたから」
「ええ?」

ちょっとまて。それは単に甘いのが好きなだけなのではないのか?
またしても幼なじみと単なる級友との差を思い知らされ、しかし実はこうだからなんだろ、と思い直そうとしたイヅルの脳裏に、もう1つの事実が浮かび上がった。

玉子焼きは確かに甘かった。非常に甘かった。だが、きんぴらは辛かった、のだ。
だとするならば、玉子焼きはともかくきんぴらは残さなければならないのではないだろうか。
それとも彼はこれらを全て食べたのだろうか?

「そういえば日番谷くんね、すっごくおなか空いてたみたいなの」
「え?」
「何かすごい勢いでね、全部食べちゃって。だからあたしの分もあげたんだけど」
「…………」
「だから実はあたしほとんど食べてないんだよね。味見したくらいで」
そう言って雛森は手で玉子焼きを1つつまんでぱくりと食べた。
「うん、美味しい」
久々のわりには良く出来たかな?と満足気にうなずく。さらにきんぴらもつまんで口に入れて、これまた美味しそうに口を動かしていた。

そんな雛森を見てイヅルは確信する。
雛森がまぎれもなく味音痴であるということ。
そしておそらく日番谷冬獅郎はそれを知っていて、なおかつそれでもこの弁当を全部食べられるほど雛森を思っているか、もしくは雛森の味に慣らされているか、だと。
はたして前者か、後者か。
けれどどちらにせよ吉良は日番谷に対して尊敬と羨望と嫉妬という、複雑な感情を持った。

そしてそれ以上に、自らの幸の薄さにますます落ち込むのだった。

長っ……!!異常に長くてすみません。けれど続き物にするには短いなと思うくらい中途半端な長さ(汗)。
えーととりあえずこれは日雛小説『可憐な桃には…』の、同時間軸上での話になります。
というより続きですね。同級生トリオ、というか吉→雛ver.です。
イヅル視点では初めてです。そして彼の幸薄さにとことん同情……しかしそれが吉良イヅルなので仕方ない(苦笑)。