可憐な桃には…
あー、またか。

目の前に置かれた包みを見て日番谷はため息をついた。
どこからどう見ても弁当箱にしか見えないそれは、二つ並んで日番谷と雛森、それぞれの前に置かれている。
そして目の前にはやけに上機嫌な雛森。

これらのことを統括して導き出される答えは1つ。
すなわち、『お弁当作ったので一緒に食べよう』だ。

突然昼休みに呼び出されたので何かと思っていたら、どうもこういうことだったとは。
いやそもそも、『お昼食べないで来て』といわれた時点で半ば予想がついていなければいけなかったのだ。
だが、日番谷が霊術院に入学してから、いや雛森が入学した時点でそんな機会はとんとご無沙汰だったので、どうやら日番谷の勘はにぶっていたらしい。

喜ぶべきか、悲しむべきか。

普通なら誰しもが『喜べ』と言うに違いない。いや事実を知らなければ誰しもが喜ぶに違いない。
何せ相手は雛森なのだから。
学院一のアイドルにして、学院一『女の子らしい』と評判の雛森桃の手料理を前にして、喜ばない人間がどこにいるものか。

そう、事実さえ知らなければ。


思えば、雛森はいわゆる、『女の子らしい』女の子だった。

掃除や洗濯が得意で、裁縫も繕い物はもちろん、自分で着物を(作ろうと思えば)作れるくらいの 腕前。可愛いものが大好きで、甘い物には目がない。…実は辛い物も好きだったりするが。
また、性格に関しては優しくて気配りが上手と、これでもか、という程『女の子』らしかった。

だが、しかし。人は誰しも完璧ではない。
当然ながら彼女にも、苦手なものはあった。
それはある意味お約束ともいえる、『料理』である。

いや、苦手というのは正しくはないかもしれない。

雛森にしてみれば、ごく普通に材料を選び、下ごしらえをし、そして、調理したにすぎない。
事実、彼女の作ったものは、形・色ともにキレイであり、見た目には何の問題もないのである。

だとすれば問題なのは何か。 答は簡単。  味だ。
それも、かなりすごい。一度食べたら忘れられない味になることは間違いない。
何がすごいとかと言うと、とにかく辛いものは辛く、そして甘いものは甘いのだ。
しかも両極端な上に、それを同じ食卓だの弁当箱だのに出すので、辛いと思って隣の物を食べれば、甘すぎるものがさらに甘く、口直しに違うものを食べれば今度は辛く……といった具合に悪循環が続くのである。

これは非常につらい。

さらに言うなら、何故こうなってしまうのか、雛森自身にもわかっていないところが曲者である。
初めて雛森の作ったものを食べた時、日番谷はそのあまりの辛さと甘さにとても耐え切れず、かなり強い口調で責めたことがあった。
当然そうまで言われれば、多少なりとも努力するものだが…これが全くと言っていいほど変わらなかった。

……本人いわく、『味は抑えた』り、『薄くした』らしいのだが。

実は雛森は、甘いもの、それも人が激甘と評するものと、辛すぎてとても食べられないものを同 時に食べられたりするので、もしかしたらどこか味覚が狂っ……もとい、常人と違うのかもしれない。
何度も何度も食べさせられ(それも全て好意だから恐ろしい)、最初は怒ったりあるいは日番谷なりに忠告したりもしたのが、一向に直す気配もない……というか本人が直しているらしいので、ある時から日番谷はもう何も言わなくなった。
というより、言えなくなった。

言えば雛森が    桃が泣くのが分かっているので。
食べているうちに多少は慣れてきたことも理由の1つではある。だが、あくまで多少、だ。
長く雛森の料理を食べていない身で口にすれば、どんなことになるか自分でも想像がつかない。

しかし、そもそも何故。急に弁当など作る気になったのだろう。
確か6年になってからは忙しくてそんなことをしている暇など中々とれないと言っていたのに。

「これ、どうしたんだ?」
「あのね、実習で作ったの」
「実習……?」
「十三隊に入ったら、長期の任務に就くこともあるでしょう。だからその時に食べ物に困らないように、自分で料理できるようにって」

……よけいなことを。
日番谷は心の中で舌打ちした。無論、顔には出さないように、極力注意を払いながら。
だが、そんな日番谷の心の内を知ってから知らずか、雛森は無邪気に、

「ね、早く食べよ?お昼休み終っちゃう」
「………………」
「日番谷くん?」

どうすべきか。
雛森が悲しむと分かっていて、嘘をついてでもこの弁当を避けるべきだろうか。
それとも、何も言わずに食べるべきか。
答えは二つに一つ。

(………………よし)
しばしの逡巡のあと、日番谷の覚悟は決まった。いや、最初から答えは決まっていたのだ。
雛森を悲しませることを、日番谷が望めるはずないのだ。
ならば、答えは一つ。

「日番谷くん?」
もう一度、雛森が日番谷の名前を呼んだ。それを合図にするかのように日番谷はおもむろに自分の前に置かれた弁当箱を手に取った。
「……………いただきます」
とりあえず、食べる前に挨拶をする。言わないと雛森が怒るというのもあるが、これは一種の日番谷の心の準備であった。
離れていた数年の間にわずかながらでも、雛森の味音痴が治っているのを、ほんの少し、期待して。

だが、しかし。やはりそう甘くはいかなかった。
いやそもそも、以前食堂で昼食を一緒に食べた時に、汁が赤く染まるほど七味をたんまり入れた煮込みうどんと、生クリームの上に粉砂糖と蜂蜜を異常にかけたプリンを食べた雛森を見て、相変わらずだと嘆息したのだから、無理な話だった。
そんなことに気が付かないほど、日番谷の勘は鈍っていたらしい。

一口食べて、自分の認識と口にした食べ物の甘さを痛感し、だがしかしここでやめるわけにはいかないと、日番谷は次々と他の物を口に入れる。
それはあたかも、お腹が空いたところに美味しい食べ物をもらって、ガツガツと食べているかのようだった。
当然、雛森は上機嫌で、
「日番谷くん、そんなにお腹すいていたの?あたしのも食べる?」

……その後、日番谷が雛森のも含めて全てを完食したのは言うまでもあるまい。

キレイな薔薇には棘がある。が、しかして可憐な桃にも毒があるのだ。

ようやく書きあがりました!何かものすごいキャラ設定捏造ぶりですみません(苦笑)。
でもこれが書きたかったんです……!というよりこれを書かないと日織が書けないのです。ネタ的に(笑)。
多分、雛ちゃんはきっと料理上手だというのが大多数の人の意見だと思います。そこを覆してみたかった。
ていうか、決して雛ちゃんは料理下手じゃないんですよー!ただ超絶な味音痴なだけで(笑)。
そこのところをよーくご理解いただきますように。
そして出来るならば、可愛がってやってくださいませ、うちの雛森さんを(爆)
ちなみにこれの続き……というか吉→雛ver.はこちら