陽が沈んだ空の下、小さな男女が仲良く手をつないで歩いていた。
2人は時々足を止め顔を見合わせては互いに微笑み、また前を向いては歩き出す。
握り合った手は離されることなく、固く固く、結ばれていた。
離れることのないように。決して離れることのない様に。
そう、どんなことがあっても、決して……。
君のために僕がいる
ジリリリリリ…………!。
けたたましい音が部屋中に響く。
夢と現を切り離すかのような音に、思わずディアッカは飛び起きた。
「あーもう、何だってこんな時に鳴るんだよ。せっかくいいところだったのに……」
それは自分がその時間にセットしたからに他ならないのだが、分かっていても愚痴は出る。
けれど起きなければいけない時間なのは確かで、ディアッカはいまだ鳴り続ける目覚まし時計を一度うらめしそうに睨んでから、スイッチを切った。
「……にしても、懐かしい夢だったよなあ」
部屋を出て1階の洗面所に向かいながら、ディアッカは呟いた。
幼き日の、大切な思い出。
差し伸べられた小さな手を、決して離すまいとした小さな自分。
そんな自分に答えるかのように、強く握り返してきた手に、思わず心が熱くなったのを覚えている。
この子は絶対に自分が守ると幼心に誓ったあの日の出来事は今でも鮮明に思い出せた。
その気持ちは今でも変わっていない。いやむしろ、今だからこそ何よりも守りたいと思う。
そうは思ってはいるのだが、しかし。
「けどまあ、肝心の相手がな」
守られることを拒否しているからな、とディアッカは苦笑する。もちろん拒否されたところでディアッカが怯むわけはないのだが。
やがて到着した洗面所の前で立ち止まり、扉を開けようとしたその時。
――――がちゃり。
ディアッカが開けようとする前に扉の方から開いた。どうやら中に先客がいたようだ。
その人物――ミリアリアはディアッカと目が合うとあからさまに不快だという表情を見せた。
「おやおや。俺のお姫様は朝から不機嫌だねー。それとも今日は低血圧かな?」
「どうでもいいでしょ。それよりさっさとそこどいてよ。通れないじゃない」
「俺も洗面所使うから無理……いててっ!押すなって!」
これはかなり機嫌が悪いらしい。強引に横を通られてようやくそれを察したディアッカだったが、ふとあることに気がつき、去ろうとしていた背中に声を掛ける。
「ちょっと待て」
先ほどまでとがらりと調子を変えて言う。
これでついでに睨んでみせたなら大抵の者がひるむはずなのだが。
「……何よ」
けれど目の前の相手は全く動じない。顔だけ振り向いて、ディアッカを目を合わせた。
さすが生まれてからこっち、15年以上付き合っているだけあるなとディアッカは今更ながらに感心する。そして、
「朝のご挨拶、忘れてるぞ?ミリィ」
「……は?」
いきなり態度が豹変したディアッカに、ミリアリアは眉をひそめた。
何を言ってるのか分からない、そんな表情だ。
「だーかーら、朝のご挨拶だって。いくらご機嫌が悪くても、挨拶だけはちゃんとしないとダメだろ?」
至極真面目に、指を立てて諭すように言う。我が家の家訓の一つでもあるし、それを差し置いても大事なことだから、きちんとしつけなければ。
そこまで言われてようやくミリアリアはディアッカの言いたいことを察したらしい。けれど不本意なのか大きなため息らしきものを漏らした後、
「…………おはようございます、お兄さん」
心底嫌そうに言ったのだった。
ディアッカとミリアリアは2歳違いの兄妹である。
小さな頃はご近所ではも評判の、時に親が妙な心配してしまうほど仲が良かった兄妹だったが、思春期に入ればその関係も変化するもので。
よく言えば妹思い、悪く言えばいつまでたっても妹離れできない兄と、そんな兄をうっとうしがって早々に兄離れしたくて仕方のない妹という構図がいつの間にか出来上がっていた。
当然それは冷えきった兄妹関係なのだが、どんなに邪険にされても全くめげないディアッカと、それで最後には押し切られてしまうミリアリアは、はたからみると何故か未だに仲の良い兄妹と認識されるらしく、
「あらあら、今日も仲良しねえ」
「うちは毎日ケンカばっかりなのにねえ……羨ましいわ」
「いまどき珍しいくらいよね」
「うちなんか口も利かないくらいなのよ」
毎日のようにそんな話が近所のおばさんたちの間でのぼり、そのたびにミリアリアが頭を抱えていた。
そんな妹の心情を知ってから知らずか、ディアッカは今日も早足で登校する妹の後を追いかける。
「待てよミリィ。一緒に行こうっていつも言ってるだろ?」
ディアッカの通う高校と、ミリアリアが通う中学は、距離が離れている。つまり学校に行ってしまえば、半日以上会えないのだ。
だから今は、一緒にいられる数少ない時間だというのに。
何故、ミリアリアは分かってくれないのだろうか。
「なあ、待てって」
ようやく追いついて腕を掴むと、ミリアリアは邪険にそれを振り払った。
「もうっ!いいかげんにしてよ!」
「いってー。何するんだよ、ミリィ」
「何するんだじゃない!中学と高校は反対方向って、一ヶ月たってもまだ分からないの?!」
そう、それぞれの学校は家から方向的には正反対の位置にあるのだ。
ちなみに距離としては高校の方が倍以上遠く、本来ならバスか自転車で通学するべきところを、ディアッカはわざわざ徒歩で通い、しかも中学を迂回するという、とんでもない遠回りしていたりもする。
「それなのに毎日毎日……遅刻のしすぎで留年したってこっちは責任とれないからね!」
顔中を真っ赤にして怒るミリアリア。
しかしある意味その言動は、兄の遅刻を心配するようにも聞こえる。
嫌だといいつつも、完全には拒絶できず、多少的外れな返答をするあたりが実に彼女らしい。
そんな妹の優しさに、ディアッカは思わず微笑んだ。
「……何よ?」
「いやー、やっぱりミリィは可愛いなと思って」
「は?!」
「うんうん、さすが俺の妹」
「…………何なのよ一体」
「わかんなくていいんだって。さ、学校行こうぜっ」
「……って、ちょっと!結局ついてくる気……?!」
妹の問いかけに、ディアッカは当たり前だろう、と笑った。
そしてなおも逃げようとするミリアリアの手を引っ張って、走り出した。
「全く……今日までだからね!明日からは1人で行くから!」
「はいはい、分かってるよ」
「ホントに分かってる?!」
「分かってますよー」
「絶対に分かってない……もうっ!何でそうなのよー!」
「…………」
ミリアリアは知らない。
2人が幼かったある日、ふと目を放した隙にいなくなってしまった妹を、兄は必死になって探し当てた。
やっと見つけた妹がすがるように差し出した、かすかに震える小さな手をぎゅっと握り返したその時。
兄は誓ったのだ。この小さな手を二度と離すまいと。この手のぬくもりを、一生守っていくと。
――――だから。
(……絶対に、守ってやるからな)
例えそのためにどんな犠牲を払っても。
兄として、俺は妹を守り続ける。
(一応)十万打記念で配布しました、種の1位であるディアミリパラレルです。
パラレルが1位になった時点で、真っ先に浮かんだのは『兄妹ディアミリ』でした。
シスコンどころか危ないくらい妹バカな兄と、いやいやながらも拒絶できない妹。
様は設定が変わっただけで中身は全くいつものディアミリという話です(笑)
シリアスなのかコメディなのか少々中途半端な感じですが、その辺りは皆様の想像におまかせということで(爆)
※DLF期間は終了致しました。