アスランが軍を脱走した。
嘘よ。そんなこと。嘘に決まってる。
信じられるわけない。
そんな願いもむなしく、状況はめまぐるしく変わっていった。
最悪の方向へと。
そうして。
追撃に出たシンとレイが戻ってきても、彼は戻らなかった。
シンとレイが……より正確に言うならばシンが、撃墜したのだ。
特務隊で前大戦を生き抜いたエースパイロットでも、さすがに最新鋭機の相手は無理だったらしい。
信じられなかった。
信じたくはなかった。
アスランがもういないなんて。
つい昨日まで、そばにいたのに。
そんなの嘘だと、何度も叫びたくなった。
けれど不思議と、涙は出なくて。
それどころかどこか冷静に事実を受け止めようとしている自分がいることに、気がついた。
アスランが出て行ったという衝撃よりも、アスランを失った悲しみよりも、もっと大きな何かが、私の中でくすぶっているような気がした。
それは何なのかは分からないけれど。
「 ルナマリア」
ふいにかけられた声に振り向けば、そこにはシンがいた。ひどく傷ついた顔をしている。
後ろのレイが平然と、むしろどこか満足気な顔をしているのとは対照的だ。
「シン……」
いつものシンとは全く違うその表情に、私は何か言葉をかけようした。
けれど一体何を言っていいのか分からなくて、結局名前だけを呟く。
シンがびくり、と反応する。心なしかおびえているようにも見えた。
何でそんな顔してるの。
何でそんなに怖がってるの。
しばらくお互い無言で向き合う。
何かを言いたいのに、出てこない。
そんなもどかしさで胸が苦しくなり、私は思わず顔をそらした。
「 っ」
するとシンが、まるでそれが合図であったかのように、私の横をすり抜けた。
「……ごめん」
肩と肩が触れるか触れないかの瞬間に、聞こえたその言葉。
あまりに小さくて消えそうなそれは、間違いなく謝罪の言葉だった。
どうして謝るのだろう。
アスランを討ったことを、どうしてシンが責任を感じるのか。
彼はあくまで軍人としての努めに従っただけだ。
軍人として脱走兵となったアスランを討った、それだけなのに。
私がアスランを好きだったからだろうか。
別にシンに伝えたことはないけれど、態度に出ていたのかもしれない。
だから、責任を感じているの?
彼を助けられなかったことを。彼を説得できなかったことを。
(…………違うわ)
無論私はアスランが好きだったけれど、それはシンも同じはず。
意味合いは違えど、彼に好意を抱いていたのだから。
その彼を討ったことに対して後悔と苦悩の言葉をもらすならばともかく、謝る理由などないはずだ。
それならば、何故、シンが私に謝罪を述べるのか。
私にだけ、謝るのか。
答えは、たった一つ。
シンが討った相手はアスラン一人ではなかった。
メイリンも一緒だったのだ。
しかもそれを分かっていて、シンは討ったらしい。
だから私に、謝っている。
乗っていたMSが撃墜された時の衝撃は計り知れない。
ましてやメイリンは軍人とはいえパイロットではなかった。
だからおそらく、生きてはいないだろう。
そんなことを考えた時、ふいに自分の中に湧き上がる感情に気がついた。
報告を聞いたときから、私の中でずっとくすぶっていた感情。
事態に対する衝撃よりも、失った者に対する悲しみよりも、何よりも深く根付いたその感情の名は。
怒り、だった。
アスランが(私を)裏切ったことに対する怒り。
メイリンが(私をさしおいて)アスランについていったことに対する、怒り。
2人だけで出て行ったことに対する、怒り。
どうして自分じゃなかったのか。
どうしてメイリンだけだったのか。
何で私を、私だけ、置いて行ったの……?!
( ダカラフタリトモシンジャッタノヨ)
ぞくり。自分の心に思わず恐怖した。
やり場のない気持ちが、私の中を支配する。
こらえきれない。このままじゃ多分、溢れ出す。
けれど、ふいに。
「……ルナ。……ごめん」
シンがもう一度、今度は背中越しに、私に謝った。
それが、スイッチになった。
私はシンの背中に顔をうずめ、呟いた。
「…………謝らないで。そんなの、シンのせいじゃない……」
それはある意味私のせい。私は確かにあの一瞬、2人の死を望んだのだ。
でも、それは言わない。言えない。だから。
「軍人なんだから……命令に従うのは、当然でしょ……」
私はただ、シンの背中に顔をうずめて……泣いた。
……暗っ!!自分で書いておいてなんですけど、暗いです、とんでもなく。
でも『アスランがメイリンを連れて』脱走した事実を、アスルナで書こうと思ったら、どうしてもこんな風にしか書けなかったんです。
もちろん状況からして、ルナマリアまで連れて行く余裕は2人には無かったわけですけど、ルナからしてみたらある意味おいていかれたと思ったかな、と思って書きました。
あーでもホント、暗いです。ルナマリアはこんなにダークじゃない、と思う……
ちなみにa violent emotionは激情という意味らしいです。あんまし激情というほどでもないかも、ですが。