ルナマリア・ホークは悩んでいた。
16年生きてきて今までなかったほど、とてつもなく悩んでいた。
「どうしよう」
「どうすれば」
口をついて出てくるのはそんな言葉ばかり。
考えても考えても答えは出ず、そればかりかどんどんドツボにはまりそうだったので、これは仕方ないと誰かに相談に行くことにした。
そう思ったら、善は急げ、とばかり、まずはとりあえず妹のメイリンのところへ。
相談相手としてはあまり頼りにならないし、相談するのは少し悔しい気もしたが、何だかんだ言っても血のつながった妹、一番話しやすいのは確かなので、仕方ない。
けれど、案の定。
「
え〜?!そんなの、相手がいいって言ったんだから、いいじゃん?遠慮してもしょうがないでしょ?」
何そんなことで悩んでんの?とばかりに呆れた口調でそう返した妹に、ルナマリアはため息をつくしかできなかった。
まあ確かにそうなんだけど。それが出来たら苦労はしない。
軍にいるにも関わらず、いかにも『いまどきのオンナノコ』な妹の答えは、やっぱりあまり参考にならなかった。
次はレイ。同期で同じパイロット同士だし、話はしやすい。
けど、いつもマジメで品行方正な彼のこと、返ってくる答えは想像できる。でも、まあ一応参考までに。
「……そうだな。確かによいと言ってくださったが……しかしやはり、難しいというか……私には無理だな」
ほら、やっぱり。レイはこう答えるに決まってる。
ホント、予想を裏切らないというか、クソマジメというか。
そればかりか、さらに。
「あんまり役に立てなくてすまない」
ルナマリアの表情を見て理解したのだろう、レイは本当に済まなそうにそう謝ってきたので、ルナマリアとしても、もうそれ以上話をすることは出来なくなってしまった。
「……メイリンも駄目、レイも駄目。となると、次は……シンか」
でもシンも駄目かもしれない。他のことならともかく、この事に関してはシンにとっても問題な気もするし。
けれど一人で考えても答えはでないので、結局シンを探しに行くことにした。
歩いているうちにもしかしたら答えが出るかもしれない、と少し期待しながら。
そうして艦内をうろうろしていると、やがて。
「あれ?ルナマリア、どうしたんだ?」
突然、後ろから声を掛けられた。
「……シン……」
いきなり声を掛けた主は、シン。シン・アスカ。
「何だか死にそうな顔してたけど…………どうしたんだよ?」
シンが心配げにルナマリアの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
心底心配げなその声に。
「あ、うん。大丈夫」
ルナマリアは微笑んでそう返す。
「そっか」
「うん、あ、ねえ、シン。それよりも、あのねちょっと相談が」
「?」
「えっとね…………」
なんだけど、どうしたらいいと思う?
「……あ。隊ち……とと」
思わず出てしまった言葉にルナマリアはしまったと口を押さえた。
絶対にショック受けてる、と思って目の前の人物を見ると、案の定かなり暗い顔で、しかし何とかそれを出さずに、けどやっぱり隠しきれていないような曖昧な笑顔を浮かべていた。
「…………ルナマリア」
「あ、いえ、その……どうも」
いきなり失敗してしまったが、言ってしまったのはもはやどうしようもない、とりあえずどうにかこの場をどうにかしよう、思いながらこちらもやっぱり曖昧な笑顔で返した。
「いや、こっちも…………色々と面倒を掛けた、というか」
「…………」
面倒なこと、とは今朝の件、か。だけど仕方が無い、少なくとも二人は婚約者同志だから、ああいうことをしていてもおかしくはないのかもしれない。自分的には少し、いやかなり腹がたったけれど、いろんな意味で。
でもそのことはもうどうでもよかった。いやもしかしたらあまりどうでもよくないのかもしれないけれど、でも今はそれを言いたいわけではなかった。
「……それで、その」
だがルナマリアが黙ったままなのを、彼はいまだにそのことで怒っているのだと思っているらしい。今朝と同じように、何とか弁解しようとしている。
そんな彼の様子を見てルナマリアは思わず苦笑する。
(かつての大戦の英雄にして、エリート中のエリートである特務隊『FATH』の一員も、女の子一人に振り回されてちゃ台無しよね)
けれどそれが彼のいいところだ。そんなところはとても好きだから、だから。
「
大丈夫ですよ」
だから、ちゃんと言おう、私の気持ち。みんなの気持ち。ルナマリアはそう決心して、口を開いた。
「え?」
「私も、シンも、レイも、みんな……貴方のことを、認めてますから、ちゃんと」
「………………」
「戦闘指揮とか、操縦の腕とか……そんなのはもちろんですけど、人としても」
「…………」
こんな風に言われるなんて予想もしてないことだったのだろう、彼は驚いた顔をしていた。ちょっと顔が赤くなっているのでもしかしたら言われなれてないのかもしれない。
そんなところも意外よね、と思いつつ、でもこの際だから全部言ってしまえ、とばかりにルナマリアはさらに続けた。
「ただやっぱり照れるというか、なんというか。尊敬してるってのもあるんですけど、名前で……しかも呼び捨てでいいと言われても言いにくいというか」
「……………」
「だからシンはもしかしたらそう呼ぶかもしれないけど、レイはやっぱり隊長って言うかもしれません」
かもしれません、どころか十中八九レイは隊長としか言わないだろうけれど、そこは言わないでおくことにする。
「………………そうか。ありがとう、わざわざ」
今度は嬉しさを隠さずに彼は言った。
その笑顔が何だかとても可愛くて、そんな顔が見られたことが何だか嬉しくて、ルナマリアの顔にも思わず笑みが浮かぶ。けれどもそれを彼に見られるのもちょっと悔しいので、
「じゃ、そういうことなので」
そう言ってくるり、と背中を向けて歩き出した。
「え、あ」
すると彼はあわてて追いかけようとしてきた。
ルナマリアは必死で笑みを押し隠して顔だけ彼の方に向けて、
「また後で、えっと…………アスラン、さん」
「
!」
言ったあとで顔が赤くなってきたので、そのまますぐにまた顔をそむけて歩き出してしまったから、最後のセリフで彼――アスラン・ザラがどんな表情したかは分からないけれど、きっと向こうも赤くなってたかもしれない。
ううん、きっとそうだと思う。
最初はちょっと失敗したけれど、最後にはちゃんと言えてよかった。
やっぱり悩んでないで会いに行けばよかったんだわ。
シンの言うとおりだった。あとでお礼を言っておこう。お礼なんていったら怒るかもしれないけど。
勝手に彼のことも話題にしちゃったし
。
ねえ、シン。
ザラ隊長……じゃない、えと、その、とにかく『あの人』が私たちに、名前で呼んでいいって言ってたことなんだけど、どうしたらいいと思う?
「そんなのルナマリアの好きに呼べばいいじゃないか」
「そりゃそうだけど、でもあの人、私たちに距離を置かれてるって気にしてたから……」
「じゃあ呼び捨てにしてやればいいじゃないか。その方が喜ぶんじゃないの、アイツなら」
「アイツなんて言わないでよ。そんなことできないわよ、やっぱり」
「…………だったら考えてないで会いにいってこればいいだろ?そうしたら意外と答えが出るかもしれないじゃないか」
とりあえず、ここからはじめよう。