それはちょっとした意地悪のつもりだった。
「近藤さん、ちょっとお願げェがあるんですが」
「ん?何だどうした総悟」
「土方さんの煙草、やめさせてもらえませんかね?」
実はとある隊員が副長が煙い煙いって文句タレまくりでして。どうにも参っちまって……
無論近藤が信じてくれるとも限らない。というよりこんなあからさまな嘘を信じる方がどうかしている。
けれどもそれをやってしまうのが近藤勲という人物であり、その近藤に言われたことは意地でも守り通すのが土方十四郎という人物なわけで。
「……ああ、クソっ。イライラすんなこのヤローっ!」
精神安定剤とも言える煙草を吸えなくなって数日、土方のイライラはどんどん増していった。
腹いせに手近にあるものを蹴飛ばし、時にはそれが跳ね返ってくるのでそれに対してまた腹を立てる、そんなことの繰り返し。
それでも禁煙を守るのはもはや立派としか言いようない。
けれど明らかに血圧は急上昇中している。もうすぐメーター振り切ってぶっ倒れること請け合いだった。
そして今日もはりきって、土方は何故か傍にあったドラム缶を蹴っ飛ばす。
もちろん重いので飛びはしなかったが、しかし。
「痛ってぇぇぇ!!」
……それ以上に固かったので足が痛かったらしい。
よっぽど痛かったのだろう、足を押さえてぴょんぴょんと跳びながらくるくると回転しだした。
いつにも増して情けないその姿に、総悟は思わず吹き出しそうになる。
「……くーっ……いってぇなチクショウ」
「いけねえなァ土方さん。公共の物に当たるからそうなるんですぜィ」
「……誰のせいでこうなったと思ってんだ」
「さあて、誰ですかねェ」
当然土方は怒り出すだろう。これでまた血圧が上がる。さてあと何回で倒れるか。
そんなことを期待しつつ、総悟はにやりと笑みを浮かべた。
けれど。
「…………?」
いつもならとっくに来てもいいはずの、土方の大絶叫は、いくら待っても聞こえてこなかった。
「土方さん?どうしたんですかィ?」
「……帰るわ」
「は?何言って」
これから任務なのだが。それに何より、今日の任務は。
「土方さんが何より大好きな斬り合いが出来ること請け合いの任務ですぜィ」
なのに帰るなんて、土方らしくないではないか。
総悟はそう言いたかった。けれどさすがに土方も総悟の言いたいことを察したようで、
「そいつは分かってるけどよ。今日はどうもそんな気分じゃねえわ」
先に答えを言われてしまった。さらに、
「悪いが総悟、後は頼む」
そうまで言われてはもはや総悟には何も言えず、ただ呆然として頷くしかできなかった。
「あ、あれ副長帰っちゃいますけど……いいんですか沖田隊長?」
突然進行方向とは反対に歩き始めた土方に、驚いた山崎が慌てた様子で聞いてくる。
「沖田隊長?」
けれど、総悟は答えない。
ただじっと、去っていく土方の背中を見つめていた。
いつもいつも、自分の先を行っていたはずの背中。
剣の上なら総悟の方が上のはずだが、その背中を見ているだけで勝てる気がしなかった。
それが憎らしくて、いつか追い越してやりたくて、色んなことをやってきたのだ。
今回の件だってそれの一環のつもりだった。
煙草を吸えなくなった土方を、徹底的にやり込める。
若干卑怯だが、それで悔しそうにする土方を想像するだけでも楽しかった。
そしてそれは一応成功した。直接戦ったわけではないが、誰よりも斬り合いが好きな土方がそれを放棄した時点で、この勝負は総悟の勝ちだった。
なのに、何故。
(……何でこんなに苦しいんでェ)
勝ったはずなのに、最悪な気分だ。
むしろ負けたように感じるなんて、どうかしてる。
けれど、あんな土方を見たくないと思ったことは、悔しいが事実だ。
ならばやるべきことは、一つ。
「近藤さん、ちょっとお願げェがあるんですが」
「ん?何だどうした総悟」
「土方さんに煙草吸うように言って下せェ」
「……文句を言っていた隊員はいいのか?」
「え。あ、はあ。それは別に」
「そうか。総悟がそう言うなら仕方ないな」
「…………近藤さん。アンタひょっとして気がついてたんじゃありやせんか?」
「何がだ、総悟」
「それは……」
総悟の嘘に。企みに。そしてその結果さえも。
近藤はすべて見抜いていて、それでもあえてそれをやったのかもしれない。
誰よりもお人よしで騙されやすくて、けれど時に誰よりも人を見抜く目を持つ近藤だから。
「…………いや、何でもありやせん」
「そうか」
そして、後日。
「てんめェ総悟ぉー!いいかげんにしやがれぇぇぇぇ!!」
すっかり復活した土方の叫びが、今日も江戸の界隈でこだまするのだった。
煙草といえば土方さん。土方さんといえば真選組。真選組といえば総悟と局長、ついでに山崎も出してみました。
ありえないくらい総悟が可愛いです(え)。可愛いっつうか、素直。SだけどSに徹し切れてない。
総悟にとって土方さんってのは永遠に目標でいてもらわなきゃいけない存在なんだと思います。
そして何気に局長のこともベタ褒めです(笑)。でも局長ってこうだと思う。父親だよね、ほんと!