雨の降る日に
ザーザーと降りしきる雨の中、沖田総悟は走っていた。
(まったく、ついてないぜィ)
面倒な任務を終えて、いい気分で歩いていたのに台無しだ。
とにかく急いで屯所に戻らなくては。

(こんなことなら山崎の言うとおりにしとけばよかったぜィ)
ちょっとその辺ブラついてくる、と言った時の山崎の顔が浮かぶ。
半ば総悟の監視役にもなっている監察方の青年は、何を言ってるんですかちゃんと真っ直ぐ帰って報告してくれないと俺がまた土方さんにどやされちゃうじゃないですかそうなったら責任とってくれるんですかミントンできなくなったらどうしてくれるんですかお嫁に行けない体になったらどうするんですかーとか、いつもながらギャーギャーと叫んでいた。……様な気がする、確か。
実はすでにそのときには意識は外に向けていたので、ほとんど耳に入っていなかった。
けれど山崎の言ってることなんて、どうせこんなとこだろう。
いちいち聞かなくてもたかが知れている。わざわざ聞いてやることもないと、さらりとかわしてこうして外に出たのだが。

よくよく考えたら雨が振るとか言っていたかもしれないが、だったらもっとはっきりと言え。
聞かなかった自分を棚上げして止めなかった監察方を毒づきながら総悟は走った。
バシャリ、と足を踏み出すたびに水がはねる音がする。
雨はどんどん激しさを増し、気がつけば人影もまばらになっていた。
降りしきる雨が、総悟の背中に強く打ち付けてくる。

こうなったら仕方がない。
何処かで雨をやりすごして、上がってから屯所に戻るか。
幸いなのかは知らないが、ここは総悟が良く知る人物たちの住む家の近くだった。
普段ならあまり気が乗らないのだが、非常事態だ。
一瞬ためらい、やはり仕方ない、と方向転換をしようとしたその時。

信じられない光景に思わず足が止まってしまった。
(    なーにやってるんでェ、アイツは)
視線の先に見えたのは、雨の中を傘も差さずに踊っている見慣れたチャイナ服の少女  神楽。
踊りといってもはたから見るとそう見えるだけで、実際には踊っていないのかもしれない。
けれど神楽が傘を差していないのはあきらかだった。

彼女のトレードマークともいえる大きな傘は、その手に握られてはいなかった。
上に覆うものない小さな体に、雨は容赦なく降り注ぎ、見るも無残な状態だ。

けれど神楽はどこか嬉しそうだった。
くるくると回りながら体にひどく当たってくる雨の感触を楽しみ、地面に落ちてハネる様子を、面白そうに眺めている。
それはまるで小さな子どもが雨上がりに水溜りで遊んでいるようだった。

(……こんな雨の日にあんなことやってるバカはアイツくらいだと思うが)
神楽の様子に呆れつつ、けれどその無邪気な笑顔に、不覚にも総悟はしばらくその場を動くことが出来なかった。

やがてこちらがじっと見つめているのに気がついたのだろう、少女  神楽がこちらを振り向く。
「……何やってるアルかサド男」
先ほどまでの笑顔とは打って変わって、実に不機嫌そうな顔と声。
そんな風に言われてしまうと、こちらもつい同じように返したくなるのが人情である。
「それはこっちのセリフだぜィ。こんな雨の中、そっちこそ何やってるんでェ」
「私が何しようと私の勝手ネ。アンタには一切関係ないアル」
「あっそうですかィ。ならどうぞご勝手に」
「ああ勝手にするアル。だからアンタもどっか消えるといいネ」

案の定それから先はいつものごとく言葉のキャッチボール。ただし速度とパワーは松坂並みで繰り広げられるので、本人たちの知らぬところで、聞いている周りの人間がその威力にやられてしまったりする。
まあそれは2人の毒舌の所為というより、それと同時に繰り広げられる、本人たち曰くたわいもないケンカが原因の大半んなのだが。
そしてそのたびに双方の保護者に怒られるのは、もはや日常茶飯事。
だが今はさすがに周りに人はいない。
もはや濡れついでだ、どうせならこのまま動いて乾かしてしまえ、と半ばやけっぱちな気持ちで総悟は少し身構える。
だが、いつまでたっても攻撃はやってこなかった。
「…………?」
総悟が訝しげに顔を神楽に向ける。
神楽はふてくされたようにその場に突っ立っていたが、ふいにぽつり、と呟いた。

    全く。せっかくいい気分だったのに、台無しネ」

思いもよらない神楽の言葉に、総悟はハっと目を見開いた。
それは先ほど総悟が思っていたことと、全く同じ言葉だったからだ。
けれど明らかに神楽のは、総悟のそれとは違っている。
神楽はこの雨を楽しんでいるのだ。総悟が疎ましく思った、土砂降りの雨を。
普通なら考えられない。今この瞬間にも、激しさを増している雨が体を打ち付けて痛いくらいだというのに。
それとも夜兎族というのはこれで体を鍛えるとでもいうのだろうか。
(……の前に風邪引くのがオチじゃねェかと思うが)
全身ずぶ濡れかつ泥まみれの神楽を見て総悟は苦笑した。
かく言う自分もひどい有様だ。水もしたたる何とやら、とはいうもののさすがにここまでくるとそうは思えない。

「何笑ってるネ。気持ち悪いヨ」
「別に何でもねェよ」
「そうアルか。ならさっさと消えろアル。私も帰るヨ」

言うが早いか、総悟の横を小さな身体がすり抜けようとした。
「な……オイっ!」
思わず総悟はその腕を掴んだ。
突然のことに、神楽の目が驚きに見開かれる。
けれど決して振り払うことはせずに、掴まれた腕と、掴んだ人間の顔を交互に見比べていた。

「何ネ」
「あ……イヤ」
「用がない無いなら、さっさと離すアル」
「どこ行くんでィ」
「バカかお前。私帰るってさっき言ったアルよ」
「そういう意味じゃねェ」
「だったら、何ネ」

神楽の問いに、自分は何をやっているんだろうと、総悟は思った。
別に神楽を引き止める理由はないのだ。
神楽の珍行動はいつものことであるし、今更気にすることも無い。
なのに、何故か理由が知りたくなった。
自分に決して見せることないあの笑顔の秘密を。

「オイ、サド男。いい加減に離さないと私も怒るヨ」
「…………何で」
「ん?」
「何でお前は雨の中で遊んでたんでィ?水浴びだったら何もこんな時にする必要もねェだろ?」
問われた意味が分からなかったのか、神楽は一瞬きょとんとした顔をする。
けれどすぐに理解して、
    仕方ないアル」
フッと少し大人びた微苦笑を浮かべて言った。

「何が仕方ないってんだィ?」
「だって私は夜兎族だから」
「……は?それはどう」
「こんな雨の時くらいしか、傘無しで出歩けないネ」
「…………!!」

思いもよらない答えに、総悟は思わず掴んでいた腕を離してしまった。

夜兎族にとって、陽射しは厳禁。
だから常に特殊な傘を持って行動する。
そうしなければ色素の薄い肌は陽に焼けてしまうから。

  別に傘が面倒とか、そんなワケじゃないネ。でもたまには傘無しで出かけてみたいと思うこともあるヨ」

それだけネ、と言って神楽は歩き出した。
今度は総悟も止めない。否、止められなかった。
雨で遊んでいた神楽の無邪気な笑顔。総悟と相対した時の不機嫌な顔。そして、先ほどの少し大人びた微苦笑。
総悟の頭の中でそれらがぐるぐると回り、どうしても動くことが出来なかったのだ。
気がつけば、顔がやたらと熱い気もしなくはないが、これはきっと気のせいだろう。
そうに決まっている。
だがしかし、それでも。

     こんな雨もたまには悪くねェ。

初沖神です!私にしてはかなり甘めで恥ずかしい……(苦笑)。つくづく私にはこういうのは向いてないということが判明しました。でも楽しかった!沖神大好きですwww
しっかし、何で松坂なんでしょう(笑)。勝手に手が動いて浮かんだフレーズなので私も理解不能(マジで)。私西武ファンじゃないし……あ、マル魔の影響かな?ちなみにツバメさんなら亮太クンだと思うこの場合(爆)。
でも個人的に一番気に入ってるのは山崎のところだったりして(笑)。
句点無しで読みにくいかなーとも思うのですが。でもお気に入りwwww