雛森の体が、日番谷の手の届く場所で傾いだ。
日番谷は咄嗟に腕を伸ばして、雛森の腰を支えるようにして救い上げる。
雛森の方が身長が高いために少し足元がぐらついたことを、日番谷は少し悔しく思った。
ありがとう、と雛森がほっとしたように笑う。
思ったよりも間近にあったその表情に、日番谷は自分でも大袈裟だと思うほどに息を吸いこんだ。
雛森を支えていない方の掌を、無意識のうちにぎゅっと握り締める。
無駄に渇いた唇を、開く。
日番谷には雛森に伝えたい言葉がある。
それは永い永い間、日番谷を蝕み続ける『恋』という名の感情だ。
その感情に気付いた瞬間は、一生告げることなどないだろうと日番谷は思っていた。
それどころか、その感情は一時的なものでしかなく、いつしか風化していくだろうと思っていた。
それなのに。
恋は日番谷の心をじわりじわりと侵食していって、今ではもう後戻りなど出来ない状態になってし
まっていた。
これ以上、侵食されては困る。
これ以上侵食されてしまえば、自分が自分でなくなる気がして。
侵食を食い止めるためには、それを言葉にすることが一番適当な昇華の方法だと日番谷は知って
いた。
報われずとも思いを告げて、そうすることで一つの区切りをつけて。
そうすれば感情を食いとめられる自信が、何故だか日番谷にはあった。
諦める事、諦めない事、それを潔くどちらかに決定することは自分の信条だったから。
今日、言おう。
言ってしまおう。
たった一言。
たった一言だけでいい。
笑えるくらいに簡単な作業。
雛森がいぶかしむ様に自分を見ている事に日番谷は気付いた。
雛森の腰を支える己の腕に少し力が篭もる。
心臓が急激に早鐘を鳴らし始めた。
ドクンドクンドクンドクン。
まるで耳の直ぐ近くまで心臓が移動してきたみたいに喧しくて。
日番谷の焦燥と緊張を瞬く間に煽っていく。
じぃん、と頭が痺れる感覚がした。
たった一言だ。
たったの一言だけでいいんだ。
唇を二回動かせばそれで終わる。
呆れるくらいに単純な作業。
侵食を食い止める魔法の言葉を、言うんだ。
「お前、くびれないのな」
結構な力でハタかれた。
雛森はきゃーきゃー何かを喚いて(多分ひどいとか、言われなくてもわかってるもん、とかだ)日番
谷の視界の外へ消えてしまった。
日番谷が廊下に蹲ったのは痛みにではなく(それも少しはあるが)、己の不甲斐無さにである。
失敗したのは、これで何度目になるのだろう?
言いたかったのはそんなたくさんの言葉ではなくて。
嘘吐きな感想ではなくて。
正真正銘の『一言』だけなのに。
たったの一言が、どうして言えない。?
この唇は、どうしてたった二文字が言えない?
鳴り止まない早鐘は、また心を侵食していく。
じわり、じわり、じわり。
役立たずな唇のせいで、今日もまた、諦めることもできず、諦めないこともできず。
宙ぶらりんな潔さの合間を縫ってまた、じわり、じわりじわりじわり。
誰かこの役立たずな唇を切り取ってはくれないだろうか?
04/07/08
相互リンクさせていただいている『空色郵便』仁志円寿さんのサイトより
七萬打記念のフリーSSを頂いてきました。
今回の日番谷くんは……なんと言っていいのか。
告白するのは確かに勇気がいることですが、いくら照れくさいから(?)といって
よりにもよってあんなことを言わんでも。
しかもそれを唇のせいにしちゃってるところが何ともヘタレな感じでステキです(笑)
ヘタレ万歳!(爆)
円寿さん、本当にありがとうございました。
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