Butterfly Kiss
少年は走っていた。一歩、一歩、踏み出すたびに、やや逆立った銀色の髪が揺れ、首から下げた金の鎖がカチャリと鳴る。
緩やかに上る坂を超え、幾人もの人々が行き交う商店街を器用にも全くぶつからずに通り抜け、そしてその向こうの橋をとおり、さらに丘を下る。
そうしてそこにあったのは、一軒の家。大きくもなく、小さくもない、けれどもどこか温かみのある、そんな家。
丘を一気に駆け下りた少年は、ノックもせずにがちゃりと扉を開けて、走ってきた勢いそのままに、家の中へと走りこんだ。

「おい、モモ!」
「あれ、シロちゃん。どうしたの?」

突然に、それもとてつもない勢いで目の前に飛び出してきた少年  トウシロー  に驚くこともなく、モモと呼ばれた少女は言った。
トウシローよりいくらか年上のその少女は、ふんわりと微笑みながら、よしよし、と幼馴染の少年の頭をなでる。
さんざん走ってきた影響か少し息の上がったトウシローは、呼吸を整えるのに夢中でモモのその行為に気が付かなかったが、やがてはっと我に帰ると、

「やめろよ!」
「ごめんね、でも」
「でも、何だよ」
「頭ぼさぼさだったから、直してあげようと思って♪」

だからね、と茶目っ気たっぷりに言うモモに、トウシローはため息をつく。
どうみても嘘である。しかもバレバレだ、しかしモモはそれには気が付いていない。
その証拠に、トウシローが何も言わないことに対しモモは自分の嘘がうまくいったと満足しているかのように、にっこりとトウシローに向かって微笑んでみせた。

全く、どこまで俺を子ども扱いするんだ、こいつは。
確かに年は5つ離れているし、昔はよく頼っていた気もしないでもないけれど。
けれど、今はもうそんな年ではない。あの頃の、何も出来なかった俺じゃないから。

    あ、そうだ」
不意にモモが、何かを思い出したように言った。黒目がちの大きな瞳が少し大きくなる。
「今日卒業だったんだよね。おめでとう」
「…………ああ」
「それ、知らせに来てくれたんでしょ?」
「………………別に」
「もう、相変わらず素直じゃないんだから」
「…………」
「でも早いね、もう卒業かあ。で、これからどうするの?」

上の学校へ行くのか、この街で仕事を得て働くのか、それとも。
トウシローの答えは決まっていた。おそらくモモもそれは分かっている。
それでもあえて、尋ねた。これから行く道を。

「シロちゃん?どうするの?」
「上には進まねえよ。仕事もしねえ。大体そんなことをするなら最初っからあの学校には入るわけねえだろうが」
「…………」
「『外』に出る。実はもう、許可証ももらってきたんだ」

ほれ、とそう言ってトウシローは服の内側に隠れていたあるものを取り出した。
それは、金色に輝く小さなプレート。同じ色の鎖がついている。

「許可証かあ……懐かしいな」
「…………懐かしいって、お前な」

仮にも現役の魔術師がそんなことでいいのか。
トウシローはそう呟きたくなったが、モモのことなので言っても無駄な気がしたのでやめた。

街の外には魔物がいる。
魔物といっても、形は様々。人によく似た者もいれば、似ても似つかない異形の者もいる。
いつの頃からか出現したそれらの目的は、人間たちを恐怖へと誘うこと。
ただ殺すだけでは飽き足らず、時には魂そのものまで奪われると聞いた。

だから、この街から出るためには一定の実力を持つ者か、彼らと共にある者たちに限られる。そうでなければ即座に魔物にやられてしまうだろう。
一定の実力というのは即ち、魔術や剣術を習得し、ある程度のレベルまで達すること。そのために一番てっとりばやいのは、政府の認定する学校に入学することだった。
ここを卒業し、成績が上位であれば無条件で許可証は発行される。
今のトウシローと、そしてかつてのモモと同じように。

「『外』は本当に大変だよ。魔物は戦わなくちゃいけないのはもちろんだけど、食べるものとか、寝るところとか、探すのが」
「………………」
「そりゃ一応宿泊施設とかはあるんだけど、そこだって魔物に襲われちゃう可能性もあるし」
「……」
「安全なところはどこにもないんだから」
「モモ」
「やめとくならいまのうちだよ?」
「……あのな」

やめるなら、ここでやめるなら最初からやらねえだろ。
トウシローは憮然とした表情で呟く。
そんな彼を見てモモは満足気な顔で頷き、
「よしっ!合格っ!」
ポンポンとトウシローの頭を叩いて言った。

「……なっ!それをやめろって言ってるだろ!」
「えーでも」
「でも、じゃねえ!大体合格って何だ、合格って!」
「え?それはね」

    一緒に旅をするパートナーとして、合格ってこと。

モモはトウシローの耳に口を近づけて、小さな声でそう言った。

び、微妙……あわわ(汗)。えーと、一応剣と魔法の世界の話です。
日番谷君が魔法剣士(見習い)、雛森は魔術師です。って、まだ戦いにいくどころか準備中な段階ですけど(苦笑)。一応そういう設定なのです。
名前に関しては……漢字じゃ雰囲気でないと思ったのでカタカナにしてみました。
他にももっと設定はあることはあるのですが……とても出せません。もし続きがあれば出てくるかと(爆)。