雛森桃はしあわせなヤツだと、日番谷冬獅郎は常に思っていた。
それはいい意味でもあり、あまりよくない意味でもある。
いい意味とはいつもしあわせそうで羨ましいということだった。
あまりよくない意味でもやはり、いつもしあわせそうで羨ましいということだった。
両者の違いは、それがどんなことで雛森がしあわせか、ということにあった。
様はそのしあわせそうっぷりが理解できないというか、何でそんなことにやたらと喜んだり嬉しがったりするのかが日番谷には分からなかったのだ。
隊長に褒められたとか、育てていた花が咲いたとか、そんなことを嬉しいとか喜んだりするのならまだ分かる。
例えばの話だが、もし自分が雛森と同じ立場だったとして、隊長に褒められでもしたらそれなりに嬉しい気がするからだ。
花に関しては、日番谷は全く育てたことはないし、育てようとも思わないが、けれど何か自分が育てたものがちゃんと成長したのなら、やはりそれなりに嬉しいと思うかもしれないとも思う。
だが、しかし。
空が晴れて、干していた布団がぬくぬくとやらになったから喜ぶのはどうだろうか。
朝一番に、顔を洗うために出した水が気持ちよかったと言って、その日一日がすごくいい日になると思うのは、どうなのだろうか。
同じようなことは学生時代にもあった。
実習先で行った現世の土地がすごく晴れていて、空がとても澄んでいて、景色がとても綺麗だったと、日番谷がそれまで見たこともなかったような笑顔で雛森は言ったのだ。
( 分からねえ)
空が晴れたことや、水が気持ちよいことの、何がそんなに嬉しいのか。
そんなものはありふれた日常の、ごくありふれたことのはずではないのか。
それらの何がしあわせなのかは日番谷にはわからなかった。
いくら考えても、理解できなかった。
けれども、ある日。ひょんなことから日番谷はその理由の一端を知ることになった。
それは、日番谷が隊長に就任してから初めて大きな任務に携わった日のこと。
当たり前だがそれは隊長就任以前に関わっていたような前線に出るようなものではなく、全体の指揮を執るというもので。
ただの席官ではなく、隊を率いる隊長としての重圧か、さすがの日番谷も任務が終る頃にはひどく体力も気力も消耗していた。
その様子を見かねたか、副官である松本乱菊が声をかけてきた。
「隊長。大丈夫ですか」
「大丈夫って何がだ」
「何がって疲れてるんじゃないですか」
「疲れてるって何がだ」
「…………わかりました。もういいです」
何がもういいのか。それっきり黙ってしまった松本が結局何を言いたかったのか日番谷にはさっぱり分からなかったが、けれどそれを考えるのも今の日番谷には面倒だった。
これ以上、何も考えたくはない。
頭の中で様々な作戦を考え、それを処理・実行した日番谷の頭の中は、すでに何も入らなくなっていた。
そんな時、日番谷の目の前に現れたのは。
「 あ」
松本が、声を上げた。
「何だ、松本」
「上、見てください、隊長」
「上?」
上に何が、と日番谷は思ったがとりあえず言うとおりにすることにした。
そこにあったのは。
「…………これ、は」
日番谷は思わず息を呑む。
見上げた先にあったもの。
それは空一面に広がった虹だった。
「すごいですね。こんな大きいの、初めて見ましたよ」
私たちの初任務の成功を祝ってるんでしょうか、と松本が言った。
それは普段の松本の印象からは聞けないような言葉で。
「似合わねえ台詞吐くんじゃねえねえよ。単にここが山の上だから、だろ」
即座に日番谷は突っ込みを入れた。それを聞いた松本の目が驚いたように見開かれる。
「………………」
「何だ、松本」
「いえ、何でも」
「何でもねえわけないだろ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「いえ、だから何でも。単に元気が出たならよかったな、と」
「 は?」
何言ってんだこいつは、と日番谷は思い、そうして気が付いた。
先ほどまで感じていた重みが抜けていたことに。
無論体の疲れが消えたわけではないが、それでも頭の中に重くのしかかっていた気分は消えていた。
少なくとも松本の言動に突っ込みを入れるくらいは、確実に。
ふいに、かつて雛森が言った言葉が思い出された。
『実習が終った後にね、みんなで山に昇ってそこから見た空がすっごく晴れててね』
もう雲1つなくて、真っ青で、それから、景色も綺麗だったから。
『 そしたらね、疲れなんて吹っ飛んじゃった』
にっこりと満面の笑顔でそう言った雛森。
(そうだ、確かに雛森はそう言っていた)
あの時は何でそんな風に思うのか理解できず、適当に相槌と生返事で返したのだったが。
だが、今の日番谷には少し理解できる気がした。
今の日番谷もまた、あの時の雛森とは違うが空を見て同じように気分を癒したのだから。
たかが、虹だ。たかが、晴天の空と綺麗な景色だ。
そんなものは普段見たところで綺麗とは思うし、見れて嬉しいとは思うかもしれないが決してそれが特別とは思わない。
だが、しかしそれが普段と同じではなかったら。
普段と同じもの、いつもはありふれたもの、なんでもないものが、大切に、特別に思えるのではないだろうか。
雛森はそれを知っている。
そしてそれらが日常にあることを、本当にしあわせだと感じている。
だからこそ、雛森は。
いつもしあわせそうなのだ。
タイトルは声優の林原めぐみさんの歌から。原題は『幸せは小さなつみかさね』なのですが、あえて全部ひらがなにしてみました。
何でもないことって本当に大切で、それがあったりできたりすることってとてもしあわせだと思います。
口に出すことはないけど。それどころかけっこうぞんざいに扱ったり嫌がることも多いけど。