うわさばなし
とある日の、とある休み時間。
雛森桃はいつものように、友人との阿散井恋次、吉良イヅルと喋っていた。
次の授業のこと、クラスメイトのこと、他愛もないそれらの話が一区切りついたころ、その話は始まった。
最初に切り出したのは、阿散井。

「そういやあ、知ってるか? 今度の新入生のこと」
「え?」
「ああ。そりゃ、あれだけ噂になってればね」
「ええ?」

訳知り顔で会話を交わす二人を思わず雛森は見比べる。
何の話だかまったく分からない。そんな感じだ。
それを見た阿散井は、苦笑しながらこう答えた。

「…ほ〜んと雛森って噂に疎いよな。そんなんで大丈夫なのか?」
「し、失礼だぞ、阿散井君! 雛森さんは純粋なんだ!」
「……お前、言ってて恥ずかしくなんねえ?」
「なな、ななな何言ってるんだ、ボクは別に…!」
「ねえそれより噂って?!」

半ば告白しているかのような吉良の言葉をまるで聞いてないかのような雛森の発言。
まあそれが雛森だよな、と阿散井はますます苦笑し、吉良はがっくりと肩を落とす。
そんな二人の様子に不思議そうに首をかしげながらも雛森は早く話をしてと阿散井を促した。
促された阿散井はゴホン、と咳払いをひとつして、

「…あ〜、つまり、だな。新入生の話だよ、今度の」
「うんうん、で?」
「実は新入生の中にとんでもないヤツがいたらしくてな」
「とんでもない…って…」

試験で暴れたとか。カンニングしたとか。
雛森の頭の中を様々な想像が駆ける。そして口に出した言葉は。

「まさか、虚だったってこと?!」
「…おいおい。いくらなんでもそれはないだろうが。大体それなら入学できねえだろ」
「あ、そうか。そうだよね」

分かって言ってるのか、言っていないのか。
冗談にしては少しも笑えないその言葉に、吉良は今度は頭を抱えたが、すぐに立ち直り、

「雛森さん雛森さん、とんでもない、ってのはその成績だよ」
「成績? …って入学試験の?」
「そう。確か学力テストは全科目満点。実技も文句なしのトップ。霊力にいたっては常人の数倍以上、って話だったよ」
「そ、それってとんでもないんじゃ…」
「だからさっきからそう言ってるだろうが」
「あ、そうか」

がくっ。 雛森のあまりの天然さに、吉良は今度は机に突っ伏す。
その様子を少し気の毒そうに横目で見つつ、阿散井は続けた。

「んで、ここからがもっとすごい」
「うん」
「飛び級すんだと」
「え?」
「あまりにすごい成績なもんで、1年2年すっとばして、いきなり3年からはじめるって話だ」
ほんと、とんでもねえ話だよな、と阿散井は話す。雛森はもう言葉も出ない。

飛び級。それは真央霊術院においてはあまりになじみのない話だ。
死神というのはとても過酷な職業だ。それ故に尸魂界で唯一といってもよい、死神育成機関である真央霊術院は入学するのも卒業するのも非常に難しい。
1回2回の浪人、留年は当たり前。また当然のごとく、あまりの厳しさに辞めてしまう者もいる。
そんな中で、飛び級なんてまさに前代未聞の出来事。
つまり、それほどその新入生の成績がすごいということだ。

「はぁ…すごい話だねぇ」
「だよな」
「ま、それは多分ありえない話だろうけどね」
「うん…って、えぇ?」

いつの間に立ち直ったのか、吉良が阿散井の話をあっさり否定する。
思わずうなづいてしまおうとしていた雛森は、それを聞いてすぐに今なんて言った?と問い返した。

「いきなり3年、ってのはありえないってこと」
「…何で?」
「考えてもごらんよ。いくら試験が完璧だって、その新入生は鬼道の1つも知らないんだよ?」
「……あ」
「だからさ、いずれは飛び級するにせよ、少なくとも鬼道の基礎を習う半年間は、1年のままなんじゃないかな?」
「…えっ…でも、阿散井くんは」

いきなり3年って言ってたよ、呟きながらと振り向くと、そこにはどこかニヤついた阿散井の顔。
その顔を見て、雛森はハッとなる。そしてみるみるうちに顔が朱にそまっていく

「…だ、騙したの〜?!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。別に騙してなんかいないって。とんでもない新入生が入ってくるの本当だし、噂では確かにいきなり3年だって言ってたからな」
「え〜…ホント、吉良くん?」
「うん、確かにそういう話だったよ」
なんだ、それなら。雛森は一瞬でも友を疑った自分を反省する。だがしかし、そこへ。
「でもまさか雛森が全部信じるとは思っていなかったけどな」
阿散井からのとどめの一撃。
「…ひーん、どうせあたしは騙されやすいですよ〜」
「まあまあ、雛森さん。つまりはそれだけ雛森さんが純真だってことで…」
「え〜ん」

吉良の必死の慰め(?)にも、雛森は耳を貸さない。
そればかりか、阿散井と吉良に聞こえるようにわざとらしく、いや実際にわざと、『嘘泣き』しはじめた。

「ひ、雛森さ〜ん」
「…やれやれ」

そんな雛森の様子にあわてる吉良と、呆れる阿散井。いつまで続くか分からない不毛な時間を終わらせたのは、学院中に響き渡る、鐘の音。
次の授業の始まりを知らせる、始業の鐘だ。
その音にすぐさま3人は反応する。
雛森はさっと顔を挙げ、その様子を見て吉良は身体を反転させる。阿散井は椅子ごと自分の席に戻った。

ガラリ、と扉を開ける音がする。
そして3人は、死神候補生の顔になった。
雛森・阿散井・吉良の同級生トリオ(笑)による休み時間の風景。どうみても漫才。
ここで出てくる新入生とは、もちろん日番谷くんのこと。
ホントはもっと日桃を前面に出すはずだったのですが…書いてみたら阿散井と吉良が動く動く。
なのでこんなんになってしまいました(苦笑)。まあこれはこれでいいかと。